なにかと思えば――
晩餐会でも開かれているのかしら?
山の上に建つ瀟洒な洋館の二階。
縦長の窓からこぼれ落ちるのは華やかな光。
わたしはその光に誘われるまま夜の闇を飛んできたのだった。
窓枠に足をのせ、曇り一つないガラスの内側を覗いてみる。
眼下にひろがる大広間には真っ赤な絨毯が敷きつめられている。
きらびやかなドレスに身を包んだ女性たちの周りを、
タキシード姿の男性たちが取り囲んでいた。
甘い蜜を求め、花々に集まる蝶さながらに。
それもそのはず。
男性たちの襟元には色とりどりの蝶ネクタイが羽を広げているのだ。
アゲハ、キアゲハ、クロアゲハ、
アオスジアゲハにコムラサキ、
オオムラサキの姿も見える。
どうやら人間の世界では生きたままの蝶を襟元にあしらうのが流行りらしい。
蝶たちの羽の鱗粉が、シャンデリアから降り注ぐ光を浴び、まばゆいばかりに輝いている。
ガラス越しにその光景を見ていると、
まるで万華鏡を覗いているようで、不覚にも胸がときめいた。
豪華な会場に美しく着飾った男女。なんと優雅な晩餐会なのだろう。
だが、数秒後、わたしの目は完璧な空間の中から、一つの異物を拾い上げた。
フロアの隅でぽつりと孤立し、うずくまっている男性がいたのだ。
黄色いドレスを着た一人の女性がそれに気付き、すっと歩み寄ってゆく。
何事か話しかけているようだ。
男性はこくりと頷いている。
無論二人の声は窓の外へは聞こえてこない、だが彼らの表情から推測すると――
「気分でも悪いのですか?」
「いえ、大丈夫です……」
男性は一度頷いたものの、喉元を押さえたまま顔を上げようともしない。
女性は、男性の顔を覗き込むように首を傾ける。
「本当に大丈夫ですか?」
「……」
男性は動こうとしなかった。
「とりあえず外へ出ましょう」
女性は彼の背に手を当てて立たせると、大広間の出口へと向かった。
外の空気を吸わせるつもりなのだろう。
わたしは慌てて窓枠を離れ、建物のエントランス近くの芝生に舞い降りた。
見上げるとちょうどよい場所に階段の手すりがある。
わたしは音も立てずにそちらへ移動した。
建物から出てきた二人はゆっくりと階段に腰を下ろした。
わたしは羽を休めながら彼らの会話に耳を澄ました。
「飲みすぎたの?」
「いえ……」
言葉を濁す男性の顔つきには、少年のような幼さが浮かんでいる。
若かった。しかもそうとうなハンサムだ。
女性としては母性がくすぐられるところだろう。
「あなた、ずっと喉を押さえているじゃないの」
「え、ええ、これはちょっと……」
「話してごらんなさい」
「僕は、こんなパーティは初めてで、ちょ、蝶ネクタイを忘れてしまって……」
「蝶ネクタイを?」
「いえ、本当は、本当は、間違えたのです!」
男性は顔を両手で覆った。
必然的に隠していた喉元があらわになった。
びらん、と音を立て、男性の首から何かが垂れ下がった。
なんと魚だ。
あたりに生臭い匂いが漂う。
あれは……、
平目だろうか?
そんなこと、蝶のわたしに分かるはずもない。
「これは、いったい……どうしたの?」
女性もさすがに驚きを隠せない様子だった。
「ぼ、僕、図書館で『新装版・礼服マニュアル!』を読んだのに、
うっかり間違えてメモしちゃって、蝶ネクタイのところを鰈ネクタイと――」
わたしは手すりを優しく蹴りつけ、夜空へ飛び立った。
すぐに暗闇がわたしの身体を包んでくれる。
しばらくの間、人里には近付かないでおこう――
夏の夜の生ぬるい風に揺られながら、わたしは自らに言い聞かせた。
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まさかの「鰈オチ」。
カレイだけに華麗にオチました、ってか?
いえいえ、本当に楽しめましたよ。
こういうの、大好きなんです♪
いつもありがとねー。
京極作品いまだに読んでないんだよねぇ^^;
どれもこれも分厚いし何から手をつけていいのやら……
オチは以前に使ったことのあるパターンなので、
前半部分は念入りに書き込んでみました(笑)
蝶の撒き散らす鱗粉が見えました。美女と野獣、もしくはロミジュリ、素敵な恋バナかとオモタ。
視点が蝶にあるから新鮮でした。
私は最後はひらりと飛んで
彼の蝶ネクタイになってあげるのかなって思いました。
蝶々の視点で物を見てるのが面白かったです。
ちょっと気になったんですが、
夜に飛ぶ蝶って、もしや・・・ガですか?
ぜんぜん見映えがしなさそうですね(^_^;)
あ、今ようやく気付きましたけど、
タイトルが「鰈ドスコープ」になってる!!
細かいところまで抜かりなしですね^^
こんばんは。
あーそっか。外国の話かと思った?
ううむ、ちょっといつもと違う目線で書いてみたけど、
難しいなぁ。最近コンスタントに書いてないからダメだわー。
舞さん>
こんばんは。
おお。そのオチ美しいっすね!
もっと早く教えてくれたら(笑)
naenaさん>
こんばんは。
>キラキラ感がまるで、おとぎばなしのようで――
おーそれは嬉しいですわー^^
この蝶はカラスアゲハってヤツですね。
(自分の中だけでの勝手な設定ですがw)
shitsumaさん>
こんばんは。
ある意味普通のネクタイぽく締めれそうですけどね(笑)
おお。タイトルまで拾っていただいてありがとうございます!^^
前半、舞踏会が普通に進行するかと思わせる緻密な描写はさすがですね。
そして、あっと言わせる鰈なる場面転換!
蝶の視点も新鮮でした。
ネクタイの正体を知った後の女性のリアクションをもう少し知りたいな
ありがとうございます☆
舞踏会とかってテレビで見たことしかないので、
いざ書こうとすると難しいったらありゃしないですよね^^;
(↑少しは調べろよw)
カレイな場面転換できてました?
嬉しいなぁ。
あのあと女性はどうしたんでしょうね。
意外に母性本能をくすぐられて恋に……(笑)
yahooで確認して
ああ、そうかって驚きました。
考えオチならぬ
検索オチになってしまった、
って私だけ…。
語彙ないなぁ
こんばんは。
検索オチ!(笑)
でも僕も変換だから書けてるけど、
自筆で書くと魚葉ってなりそうな気がします。
パソコン使い出してから、
めっきり漢字が書けなくなってヤバいですわ^^;
しばらく読めなくて考えてしまったーーー。
魚ヘンなんてキライだーーー。
こんばんは^^
まじ??
フフフ。
僕は子供の頃に親父の湯のみで、
勉強しましたからねー(笑)
ええええ?な展開で盛大に噴きました。
ショートショートだと読みやすくていいですね。
とても面白かったので、また来ます。
はじめまして。コメントありがとうございます☆
これはですね、「リアルな蝶のネクタイ」。
ただ、それが描きたかっただけなんですよね。
でムリヤリオチをひねり出して付けてみた。と(笑)
強引すぎてスミマセン^^;
ぜひまたいらしてくださいね。
お待ちしております!
なんか森の奥のほうで開かれていそうで
そそられます。
なぜかわからないけど、子供のころ読んだことがある
「鏡の向こう側がドアになっていて。。」みたいな不思議の国的お話を連想させて
なぜか懐かしい感じがしました。
鰈とカレイド。。はぜんぜん気がつかなかった〜>。<
なんか幻想的な雰囲気を感じてもらえたなら嬉しいな^^
(でもそれをバカオチで自らぶっ壊してるわけですが(笑))
私なんか、昔…ここだけの話、ですけど
正月飾りの注連縄:しめなわ代わりに「生のイカ」を
壁に打ち付けて、部屋中が”イカ臭く”なって
お友達の「ミカりん」から、
「エロ梨ん、イカ臭〜い 何か意味深…この変態め!」と
2人して、本当に腹を抱えて絶倒していますた
他にもエロエロなこと、悪さなんぞ、2人して
よくハメ外しまくって、VV:ブイブイ言わせたり、
言ったりしていたなぁ
結局、2人で「アメリカで同性婚して同棲しよーぜい!」
と、あれだけ誓い合ったのに…
:「○なべ さん、同性婚の時は、祝辞メッセージ贈るんで告知して下さい」
てファン?の期待を裏切っちゃったな ラリホー!
じゃぁの おやしゅ て何だか懐かしいな
運命が2人を引き裂いたのね でも本当は現在、2人とも仮面夫婦 ふふふ