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「killing me softly」


放課後の校舎は、日中の喧騒が嘘のように静まり返っている。

だからこそ、彼女の甲高い声が、いつもより余計に響く。

「ねーねー、ちょっとこっち来て! いいからいいから」

坂上美月は、渡り廊下の端で待っていた俺のシャツの袖をぐいっと掴むと、

そのままクルリとターンし、キビキビとした足どりで歩き始めた。

「ちょ、おい、坂上、シャツを引っ張るなって――」

上履きのゴム底が廊下に引っかかる。

前につんのめって転びそうになる。思わず声が上ずった。

「い、一体、どこに行くつもりなんだよ?」

返事は無い。坂上美月は振り返りもせずに廊下をずんずんと進んでゆく。

階段を降りても、まだ彼女の足は止まらない。

やがて、目の前に現れたのは、人気のない体育館。

今は中間テスト前なので、放課後のクラブ活動も行われていなかった。

美月はジャラっと大きな音を立て、制服のポケットから鍵束を取り出した。

手際よく選び出した一本を鍵穴に差し込み、大きなガラスの嵌め込まれた扉を開ける。

「さ。入って」

美月は俺の耳元で、優しく、そっと、囁いた。

その場で立ち尽くしていた俺は、薄暗い体育館の中に引っ張り込まれた。

途端に埃っぽい空気が目や鼻や口に侵入してくる。

上履きを履いたままの美月が俺を従えて向かった先は、体育館の一番奥にある倉庫だった。

中へ入ると、小さな窓から差し込む一条の光が、埃を宙に揺らめかせていた。

コンクリート打ちっぱなしの足下の床には、体操用のマットが丁寧に敷きつめられている。

「さ、坂上……。 まさか、お前、こんなところで……」

俺は顔を上げた。

美月は口元に微笑を浮かべ、俺の目をまっすぐに見つめていた。

いつも、男になんて、まるっきり興味のないフリをしているくせに。

いざとなると、なんて積極的なんだ。

正直に言う。

俺は心の準備がまったく出来ていなかった。


  ☆    ☆    ☆
 

「ああ、そこそこ、気持ちいいー」

つい俺は、あられもない声を上げてしまう。

蓋を開けてみれば、なんのことはない。

美月は最近マッサージに凝っているらしく、

俺は、その実験台(=マウス)として連れてこられたのだ。

「どう? どう? 気持ちいいでしょ?」

得意げな声。

「うん。なかなか上手いじゃんか」

「えへへ、でしょ。でも、こんなのまだまだ序の口なんだからね」

俺の背中のツボを押す美月の親指に、少しだけ力がこもる。

「うう、と、ところで坂上、なんでいきなりマッサージにハマったんだ?」

俺は美月の心地良い重みを背中に感じながら尋ねた。

「北斗の拳を読んだの。ほんとケンってかっこいいよねー」

美月は、うっとりとした口調でのたまった。

「――それでね、あたし今、経絡秘孔を研究してるんだ」

……。

身の危険を感じる。

「も、もう、十分ほぐれたから、いいよ、ありがとう!」

「……」

沈黙が重くのしかかる。

二人の間にあった親密な空気が、湯船の栓を抜いた時のように、急速に失われてゆく。

その時、美月がすっと息を吸った。

「アタァ!」

「痛ぇっ!」 

指刺さってる! 絶対刺さってるって!

「まだまだこれからだ。お前はただの木偶なのだから」

いつのまにか声の調子まで変わってるし。

「もういい! もういい! それにそれはアミバだろ!」 

「アタァ!」

「げっ、痛ぇぇっ!」

「前の首相の名を言ってみろ」 

「は? なに訳の分かんないこと言ってんだよ!? それにそれはジャギだろが!」

「うるさい。アタァ!」

「げげっ、痛ぇぇぇっ!」

「前の首相の名を言ってみろ」

「分かった! 分かったから! ふ、福田氏?」

「違う! その前だ!」

「あ、安倍氏っ!」

あ。 それを言わせたかったのね……

俺はマットに沈んだ。












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この記事へのコメント
不覚にも、噴きました。噴いてしまいました。

あべしっっ!

このオチに持っていきたかったんですね。笑
Posted by たろすけ(すけピン) at 2008年09月13日 00:07
たろすけさん>
こんばんは☆
いつもリーソクのコメントありがとうございます♪
あららパソコンは大丈夫でしたか??(笑)
これは久々に書いてて楽しいお話でした。
いつもそうだったらいいのになぁ(´Д`)
Posted by レイバック at 2008年09月13日 01:10
読んでいて「えっ? これもしかして。。。」と。。。 なんか変に期待をしちゃった! やだ!(>_<)もー!

おもしろかったですよー! 

でも特に体育館や倉庫のほこりや光がとてもよかったです。マットのにおいまで思い出しちゃった。(^^)
Posted by Juny1 at 2008年09月13日 06:13
そういえばトキ初登場の回でありましたね。
秘孔を突いて病人を癒すトキ兄さんに対抗したチンピラが見様見真似でお爺さんを安部氏させてしまうのが。
彼女もケンシロウではなくトキ兄さんを目指せば良かったのに^^
Posted by at 2008年09月13日 10:13
「おまえはすでに死んでいる」しか知らなかったよ。ちょっと置いてきぼりを食らった感じでさみしいな。
でも、あれから2人の関係は少し進展したみたいですね。そんで相変わらず主導権は彼女にあるんだ。笑える。
男子には、女子に振り回されたい願望があるのかな。
Posted by つる at 2008年09月13日 12:58
あべしっっ!

アホくさ〜(^^
笑いの経絡秘孔を突かれましたよ。
死んだらどうするんだっっ!

そういえばアニメが流行った頃、
一子相伝のそば屋やせんべい屋が、結構もてはやされていた気がします。
Posted by ia. at 2008年09月13日 13:36
キレイなオチですね〜
久しぶりのコメントですが、タイムリーに読んでますからね^^
句読点の打ち方やセリフとか、何から何まで参考になります。
これからもよろしくお願いしますね。
Posted by タケシ at 2008年09月13日 19:49
Juny1さん>
おはようございます☆
うひゃひゃ。まんまと僕の策略にハマってるじゃないですかー(笑)
細かい描写にも触れていただいてありがとうございます^^嬉しいっす。

鯨さん>
おはようございます☆
あー、あった!あった! そんなシーン。
安楽死ならまだいいけど、安部氏はヤですよねぇ^^;

つるさん>
おっはよ☆
北斗の拳家にない??
僕はジャンプ黄金期世代だからなー。
逆に今のマンガはあんま分からないけど^^;
どうもね。僕が書くと男性キャラは尻に引かれる男になりますね(笑)

iaさん>
おっはよ☆
フフフ。お前は既に死んでいる。m9(・∀・)
>一子相伝のそば屋やせんべい屋。
それ家業継いでるだけじゃん!(笑)

タケシさん>
おはようございます☆
いつもありがとうございます。
僕もタケシさんの影響で、
一言ポエムを書こうと目論んでいましたが、
あえなく断念しました(笑)
どうにも難しいもんですねぇ。
こちらこそ今後もよろしくですぜ!





Posted by レイバック at 2008年09月14日 08:00
変な妄想しちゃいましたよ(笑)
マッサージから北斗の拳に行くとはね。
うまく裏切られた。
おかげでwebのフラッシュゲームしてしまいましたよ(笑)

(安部 → 安倍 かな?)
Posted by 銀河系一朗 at 2008年09月14日 23:06
銀河系一郎さん>
こんばんは。ってか、おはようございます(笑)
僕ももちろん妄想しながら執筆ですよ^^
強引な展開ばかりでなんだか申し訳ない気持ちでいっぱいです(嘘つけ)

おお!
ご指摘ありがとうございます!
見事に素で間違えてました。
はずかし〜〜〜(汗)
Posted by レイバック at 2008年09月15日 04:09

 安倍氏(あべ の名前なんか間違えても別に構わないけど)=あべし

 そうすると「ひでぶ」は(ひでぇ、でぶ て元々、意味なんだよね)は

 森 豚野郎=よしろーちゃん か…


 ひでぇ でぶ(いろんな意味で)だもんな  石川県の田舎もんが、関東に口出すんじゃねーよ

 石川県の老人ホームに引きこもりニートしてろよ 老害の粗大ゴミが!

 今回のは、ショートショートとして、なかなか♪
Posted by 奇行師 at 2016年11月19日 16:52
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