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「jump」


すれ違いざま、肩が触れただけだ。

なのに……。

一瞬。互いに振り返る。

ばちこん。音を立てて目が合う。

向こうはいまいましいヤツめ、とばかりに顔をしかめている。

だが、男はそのままくるりと踵を返し、歩き出した。

ほっとしたものの。俺は金縛りにあったように動けない。

しばし、去り行く大きな背を見送っていると、男の足がぴたりと止まった。

何故だ?

恐らく。怒りがぶり返したのだと思う。

男は再び反転し、こちらへ向かって猛烈な勢いで駆け出した。

俺は焦った。逃げようにも身体は硬直していて動かない。

ヤツは俺の2、3メートル手前で、すっと沈み込むやいなや、大鷲のように飛び上がった。

眼前に迫る両の靴底。

AJXだった。

クリアゴム製のソールに透けるマイケル・ジョーダンのシルエットがやけにはっきりと見えた。

衝撃が走る。暗幕の内に花火が散発する。俺の意識は遠のいてゆく。

まさか、ストリートファイトでドロップキックを繰り出すツワモノがいようとは……

そんなことを考えながら俺はアスファルトに沈む。


    ☆     ☆     ☆


うわっ。

肌荒れのひどい大きな顔のどアップ。

目が覚めると、そこは見知らぬ部屋だった。

傍らには例の男が座っている。

「大丈夫か?」

「いや」

意識は比較的はっきりしている、ただ、ずきずきと後頭部が痛む。

後髪を掻き分けると、たんこぶが出来ていた。

「頭が痛い」

「お前は受身を練習しなければ」

「は?」

俺は部屋の中を見回す。

広さは約十畳程度か。フローリングの床。壁はコンクリート打ちっ放し。

使い込まれた小型のサンドバックに磨き抜かれたトレーニングマシン。

床の上には大量のマンガ雑誌が積み上がっていた。

あとは俺が寝かせられているベッドがあるのみだ。

生活感がほとんど感じられない。小さなジムにベッドが置かれているようなものだ。

「ここはどこなんだ? あんたはいったい――」

「オレの部屋だ」

それはそうだろう。あんたの雰囲気に合ってる。

雷おこしみたいな顔に表情らしきものは浮かんでいない。

細筆で引いたように無機質な目が俺を睨みつける。

低く潰れた鼻の下には存在感も形も薄い唇が収まっていた。

それにしてもマッチョな男だ。職業:格闘家と言われてもまったく驚かない。

「あんたの部屋だってのは分かった。地理的にどこなんだ?」

「それは言えん」

「言えよ」

「言えん」 

とりつくしまも無い。

「あんた、何者なんだよ」

「オレか。オレはずっとお前を探していた」

「……」 さっぱり意味が分からない。言葉も出なかった。

「後を付けていたことに気付かなかったのか。一週間だぞ。どん臭いヤツだな」

ヤツはうんざりした様子で、大きく息を吐く。

「どの程度反応出来るか試してやろうと思って攻撃を仕掛けたのに、お前ときたら――」

罵りの効果を上げようというのか、そこで一旦言葉を切る。

「あのザマだ」

「いきなり、ドロップキックはないだろう、肩が当たっただけじゃないか」

「上段回し蹴りなら避けられたとでも言うのか?」

ヤツは鼻で笑う。

「お前みたいに軟弱な若造がこの世界を救えるとは、オレには到底思えない」

何の話だ……。

俺は枕に頭を下ろした。ずきりと痛みが走る。

横向きに寝返りをうつ。ヤツの顔など見たくない。壁に向けてだ。

冷え冷えとした灰色の壁には、レッド・ツェッペリンのポスターが貼られていた。

ミステリーサークルの写真を使ったアルバムジャケット。

たしか、リマスターの二枚組ベスト盤だったか。

そういや、ミステリーサークルって、結局、人の手による悪戯なんだよな。

テレビ番組で、なんとか教授が口角泡を飛ばし、熱弁していたことを思い出す。

「で、やる気はあるのか」 男の声が壁に跳ね返ってきた。

「……何をだよ?」 ずきり。俺は目を瞑り、後頭部を押さえる。

ヤツは、より低く声色を変え、話しはじめた――


    ☆     ☆     ☆


「どうだ?」

「うん、物語の冒頭部分としては悪くないね」

「だろ。でもこの後がまったくのノープランなんだ」

「フフ、それじゃダメじゃん。でもホントいいと思うよ」

「幸坂井太郎を意識してみたんだ。あいつ人気あるしな」

「人気あるよね、若者に」

「それと女子にな」

「……結局モテたいだけじゃん」

「そ、そんなこと――」

「要するに、ラグビー部に入ったのも、バンドやってたのも、

スノーボードを始めたのも、全部女の子にモテたかったからなんでしょ?」

「い、いや、それは――」

「全部中途半端な中折れ野郎」

「……」

「小説はちゃんと書き続けろよな」

「ああ」

「猪木賞獲るまでだよ」

「分かってる」

課せられたハードルは高い。

ドバイの高層ビルぐらい高い。

だが、俺は飛び越えるだろう。

多分ね。











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この記事へのコメント
VAN HALENのボーカルはセクシーだね。
アメリカのロックシンガーってタフガイでもセクシー。日本人にはちょっといないタイプだわ。
この曲を聞いて二度読みしてしまいました。
冒頭のJUMPと決意のJUMPが二重にかけられたタイトルなんだ。
こういう曲は好きだなあ。
おっと、モテたくてラグビーとバンドとボードをやってたのかあ。
知らなかった。そうなんだ。
で、狙ってるのね。Yahoo!JAPAN文学大賞。
こっちは全然閃きません。
Posted by つる at 2008年11月29日 23:09
つるさん>
こんばんは。
VAN HALENには今まで三人のVoが在籍したんだけど、
一番人気があるのが、このデイブなんだよね。
ダイヤモンドデイブって言われてたくらいですから、
パフォーマンスも存在感もさすがにゴージャス松野です。
この曲はベタだけどいい曲だよねー。

・ラグビー=幼馴染が入部したから。
・バンド=同級生に誘われたから。
・スノーボード=好きな子がやってたから。
なんと受動的な俺(笑)

応募したいんだけどさー、何の話を書けばいいのかサッパリ分からんのです^^;
サプライズっつっても、
ショートショート的な話は求められてないだろうしなぁ……
Posted by レイバック at 2008年11月30日 02:12
あれ?こないだの続き的なお話。
もしかして彼女にばれちゃったんですか?
前半のお話の続きもよみたいな〜。
Posted by naena at 2008年11月30日 12:32
地球を救う格闘家の話、続きが読みたいなぁ。
頑張れー!幸坂さんを飛び越えろー!
猪木賞、ダーーー!
Posted by ia. at 2008年12月01日 00:05
naenaさん>
こんばんは。
あははw最近自分を茶化すのがマイブームでして……
あんまり他の話との関連は意識してません(笑)
前半のお話は長編の導入にどうかな、と思いまして、
ムリヤリオチを付けて皆さんの反応を聞いてみようかと、
スミマセン、続きはいずれ必ず書くつもりです^^;

iaさん>
こんばんは。
この後どんな展開がいいかなぁ。
「街中でドロップキック喰らったらおもしれーなぁ。」
↑このワンアイデアで書き進めたらこんな話に(笑)
続きが読みたいって言ってもらえて良かったー、
でなきゃ導入部分としては失敗だもんね^^;
おし。目指せ猪木賞! ダーーーッ!
Posted by レイバック at 2008年12月01日 00:39
最近、こういう物語にハマってるんですよ。
だから続きじゃないけど、
物語の背景はいろいろ想像して楽しませてもらいました。
コミカルな文体もレイバックさんの魅力なので、期待していますよ♪
Posted by ia. at 2008年12月01日 01:19
iaさん>
ども!
思いついた小ネタを挟んでいって、後で伏線として活かすとかね。
長編って、ショートとは違った面白みがありそうだよね^^
コミカルでリズムがやたらと良くてスピード感のある文体。ゲットしたいです(笑)
Posted by レイバック at 2008年12月01日 22:33
受動的な俺に笑いました。
こうしてみると
自分はずっと前から自分だと思ってるけど、
まわりが今の自分にさせてくれてるんですねぇ。
さて、やっぱり例のやつ応募してみましょうよ。ここのところレイバックさんは連作されているし、すでに道はついているんじゃなくて?
わたしも考えました。〆切がイブでテーマは「サプライズ」
こうなったら「びっくりするほど悲惨なクリスマス」しかないでしょう。
ただ発表が2月だからネタ的にタイムリーじゃなくなるね。←受賞する気。
Posted by つる at 2008年12月01日 23:21
つるさん>
連コメサンキュ^^
そうだね、友達や仲間がいなけりゃ今の僕は無い。そいつは間違いない。
当たり前のことなんだけど、忘れてしまいがちだよね。
応募する方向で考えてますが、もたもたしてる間に期限が来ちゃうんですよね(笑)
http://bungakushou.yahoo.co.jp/message/index.html
でも↑ここ読むと、今回、僕には千載一遇のチャンスなのかもしれないしなー。頑張るッス!
そして二人して世間に顔バレしちゃいましょう!(笑)
クリスマスネタは殺到する可能性もあるんじゃね?
Posted by レイバック at 2008年12月02日 23:28
「やる気はあるのか」
この一言で「あ、幸坂さんのモダンタイムスだ」と気付きました(笑)
読まれたんですね^^

最後は自分自身に対する戒めですか?
ぼくも飛び越えますよ! ・・・たぶん(^-^;)
がんばりましょう!!p(^-^)q
Posted by shitsuma at 2008年12月09日 23:18
Shitsumaさん>
モダンタイムスを読まれた方には一撃でバレますね(笑)
面白かったですよ。今年のベスト10に入れるつもりです。
まじでいつの日か飛び越えたいですね!
ぜひ出版社主催のパーティで会いましょう!
(また妄想が……w)
Posted by レイバック at 2008年12月10日 23:33
猪木、ボンバ イエ ⇒ このセリフの意味は…


猪木、(相手を)殺せ! という意味


猪木賞? 止めろ! 誰かを殺してしまえ ということか?


 「猪瀬 直樹賞」くらいで筆を止めておけ!

殺る気が有るのか?  まさかな…

 冗談は顔だけにしておけよ
Posted by ボンバ イエ at 2016年11月15日 16:57
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