「またスベったね」
という、ぼくの言葉に空太郎は憤る。
「なにぃ!? 手品にスベったとか、そんなのねーんだよ!」
「ウケなかったってことじゃ同じじゃん」
「う……」
空太郎は言葉に詰まる
「こんなんじゃヒーローになんてなれっこないって」
「うるせー、下積みだ下積み」
ぼくと空太郎は手品の営業で、披露宴会場を訪れていた。
だが、本番では互いの連携ミスもあり、いまいちウケが悪かった。
「むしろ新婦の友達が余興で踊ったパフュームの方がウケてたよね」
「まーたしかに、あれはエロかったな」
エロくはなかったと思うのだが、空太郎にはそう見えたようだ。
おおかたショートパンツから伸びた生脚でも見ていたのだろう。
ぼくらは出番が終わった今も、会場の隅っこで、二人並んでたたずんでいた。
それにしても、手品が終われば、そのあとは式場スタッフとして働けだとか、
ありえない条件の仕事を寄越すってところが、さすがにバッドウィルだ。
まぁそんな仕事を断りきれないぼくらもぼくらなのだが……。
「ほら、ぼさっと突っ立ってないで君たち、これこれ」
式場の人間が、ぼくの隣で立ち尽くしていた空太郎に手渡してきたのは、豪華なブーケだった。
「あ、そうだ。リボン付けなきゃ。ちょっとそのまま待ってて」
式場の人間は、リボンを取りに裏手へ戻っていった。
一方、スタンドマイクの前では司会の男が、声を張り上げていた。
「さぁそれでは宴もたけなわ。ブーケトスの時間です。
名前を呼ばれた方は、前へ出てきていただけますかー。
武藤亜季さん、川井ほのかさんのお二人でーす!」
なんと。
二人だけなのか。
新婦は30前後に見えるから、友人連中もおそらくその世代だろう。
既婚者の方が多いと言われても、たしかに頷けるが……。
あんたじゃん。早く行きなよー。と周りの友人に言われ、
押し出されるようにして、一人の女性が前へ進み出てくる。
顔には照れ笑いを浮かべているものの、きっと心中穏やかではないに違いない。
気の毒に。いつ結婚しようがしまいが、本人の自由だろうに。
結婚しちゃったものが勝ち組でしょという価値観が正しいとはぼくにはとても思えない。
幸せのおすそわけ的な上から目線の行為は、ハレの場と言えども、どうにも居心地が悪く感じられた。
「ええと、こちら武藤さんですね。川井さーん、川井さんはいらっしゃいませんかー?」
新婦側の友人席から立ち上がった一人が、司会者に歩み寄り耳打ちをする。
なるほど。と司会者は頷く。
「どうやら川井さんは席を外されているようです。やむをえませんので、このまま進めてまいりましょー」
おいおい。一人でもやるのか。
彼女は場を壊さないように笑顔を保っていたが、その気丈さがよけいに痛々しく見えた。
「さ。これでオッケー、持っていって」
空太郎は、式場の人間によってリボンの付けられたブーケを、ひとにらみすると、
ずかずかと大股で、それを新婦の元へ持っていき、そっと手渡した。
「さて、ブーケも届いたようですね。どうです皆さん? キレイでしょう?」
司会者の声を受け、新婦がブーケを頭の上へ持ち上げる。
おおーっと、わざとらしいどよめきのあと、お愛想っぽい拍手が会場に広がる。
「では武藤さん、こちらへどうぞ」
新郎新婦の前へ歩を進める彼女の足どりは、少々ぎこちなく、震えているようにも見える。
「いやー武藤さん、お一人になっちゃいましたねぇ」
「は、はい」
唐突にマイクを向けられた彼女は戸惑いを隠しきれていない。
「ちなみに皆さん、本日はブーケトスではなくて、ブーケプルズです。
一人一人にリボンを引っ張っていただいて、一本だけがブーケに繋がっているというわけですが――
えー、まぁ今回の場合は、引っ張っていただく必要もないですね。なんせ、お一人ですから、ハハハハハ」
司会者の言葉を受け、会場には、まばらな笑いが浮かぶ。
「とはいえ、手渡しするのもなんですからね。さぁでは武藤さん、このリボンを持ってください」
一本きりのリボンを両手で握らされた彼女は、恥ずかしそうにずっと俯いている。
「それでは引いていただきましょう! どうぞ」
彼女は、少しだけ間を取り、えいやっと、やけくそ気味にリボンを引いた。
その途端。
新婦の持つ花束は白い煙で包まれ、中から十数羽の白ハトが飛び出した。
バサバサと、勢いよく会場を飛び回るハトハトハト。
頭に二匹もハトを乗せ、呆然と立ち尽くす司会者。
襲い掛かる羽音に怯え、席から転げ落ちる招待客たち。
錯綜する怒号に悲鳴。まさに阿鼻叫喚の図。
ただ、リボンを引いた当の本人だけは、あまりの出来事に噴き出してしまっていた。
まさかこれ……。
ぼくの袖が引っ張られる。
「おい、ずらかるぞ大地」
「ちょ、ちょっと」
ぼくらは騒ぎと混乱に乗じて、足早に会場から抜け出した。
☆ ☆ ☆
「ねぇ空太郎、あれはないだろー」
「何言ってんだ。ざまぁーみろだよ。お前も腹が立っただろ?」
「まぁたしかに、彼女は気の毒だったけどさぁ」
「あれじゃ晒しもんじゃねーか。なんだあの軽薄な司会者は。天誅だ天誅」
空太郎の鼻息はいつもにまして荒い。怒らせると手がつけられないのだ。
「それにしても、見事なハト出しだったね。本番でもあんなに上手く出来ないくせに」
「ばーか。俺はやれば出来るんだよやれば。いつもは本気出してないだけさ」
「いや、かっこ良かったよマジで。ぼくもマジック覚えようかなぁ」
「フン。やめとけやめとけ。そんなの覚えなくても、お前は、あと八年も我慢すりゃあ――」
空太郎は肩を丸め、ぷぷぷ。と笑いを堪えている。
「は? 八年ってなんのことだよ」
「あのな。男は30まで童貞を守り切るとな、魔法使いになれるんだよ」
ぼくは完全に頭に血が上った。
「こら空太郎! 待てっ、おい!」
空太郎は、やーいやーいとお尻を叩きながら、走り逃げてゆく。
間抜けなことに、後ろを振り向いているものだから、買い物袋を持ったおばさんにぶつかりかけていた。
まったく、あれじゃヒーロー失格だろうに。
でも、まぁ考えてみると――
まんざらでもないか。
ぼくは、数年後、魔法使いになった自分の姿を想像し、にまりと微笑んだ。
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なんだか想像できて、にんまり笑ってしまいました。
「空太郎」で、ジョジョを連想してしまい、別の意味でちょっと面白かったデス^^
こんばんは。
ありがとうございます。ブーケプルズは見た事無かったので想像で書きました(笑)
ジョジョ!
naenaさんからそんな単語を聞けてなんか嬉しいですわ( ´艸`)
楽しくて笑っちゃうのに、ホロリときます。
(ポロリぢゃないよw)
下積みヒーローに魔法使い(^^
次の冒険も楽しみです。
二人の絆が深まってきたエピソードに温かい気持ちになりました。
この話、良い感じに発展してますね。
一話完結の形の連載て楽しいわ。
こんばんは。ありがとうございます。
もちろんポロリも好きですけどね(笑)
この二人には愛着も出てきたので、
また書いてみたいと思います(´ー`)
つるさん>
こんばんは。いつもおおきにです。
そうですね。なんとなく二人の役割分担も決まってきましたしね。
ついつい漫才っぽいやりとりにしてしまうんですけど(笑)
連作短編のようなこの形式。書きやすくていいすよ(´ー`)
bouquet pull over and carry over...Finally,Love is over? Oh,my word !
披露宴 と ヒーロー煙 と 拾えん… を3段階に”かけて”
何だかなぁ…
バッドウィル⇒もろに グッド〜 のことやないですか せめて
ウッドフィル とかくらいに、しとかないと「訴えられそうですよ?」
ブーケの代わりに はと とは…
これぞ、まさしく ハット・トリック♪ 〜 おあとが、よろし…よろしおます?