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「六月の鯨」 完結編


(まずは、「六月の鯨」1 からどうぞ。
読んでたけどもう前回の内容を忘れたよ。という方は「六月の鯨」6 へどうぞ)




 佑太が波打ち際に歩み寄ると、二人は突然立ち上がり、なにかを投げつけてきた。

「ぶへっ」

 潮の鮮烈な香りとトゲトゲとしたしょっぱさが口の中に侵入してくる。
 手で触れてみると海藻がべったりと佑太の顔に張り付いていた。

「やーい」 アキラとミノルは佑太の顔を指さしては、腹を抱えて笑っている。

「なにすんだよ!」

 佑太たちは砂浜に打ち上げられた海藻をちぎっては投げ合い、砂浜に足を取られながら追いかけっこをした。

 やがて、疲れ果てた佑太は二人を追うことをやめ、海の家のベンチに座り込んだ。それを見て、アキラも佑太のとなりに腰掛けてきた。

 飽きっぽいミノルはひとり波打ち際で座り込み、指先で濡れた砂の表面をいじっている。
 またなにか興味を引かれるものでも見つけたのかもしれない。

「佑太」

「ん?」

「なんで嘘ついたんだ?」

 アキラは海の方を見たまま静かに問いかけた。

 佑太は言葉に詰まる。

「クジラの話、嘘だったんだろ」

 アキラは怒るでもなく淡々と言葉を継いでいく。

「お前らが着く前に、散歩してた地元の爺さんに訊いてみたけど、クジラなんてもう何年も上がってないって言ってたぞ」

「ねー、貝殻たくさん落ちてるよー!」

 ミノルが波打ち際から佑太たちの方を振り返り、大声を上げる。

「ああ、あとで行くー」

 アキラは片手を挙げてミノルに応えた。

「まぁ、遠足気分で楽しめたからいいんだけどな」
 
 アキラは挙げた手を下ろすと、汗ばんだ首筋をぱたぱたと扇いだ。

 すぅっと潮風が吹き、ベンチの下をくぐり抜ける。二人の足元を細かな砂が舞う。

「俺、この夏、引っ越すんだ」

 佑太は、波打ち際で貝殻に夢中になっているミノルの背中を見ながら言った。

「転校することになる。だから、お前らと海に遊びに行くことももうできなくなる」

「そうか」

「一ヶ月前くらいに親から言われたんだけど、でも、俺、ずっとお前らに言えなくて」

「分かった。佑太、もういいよ」

 アキラは佑太の背中をぽんと叩いた。

「ミノル! こっち来いよ!」
 
 ベンチから腰を上げたアキラは、大声でミノルの名前を呼んだ。
 二人の元に重い足取りで歩いてきたミノルは、ぜいぜいと息を切らしている。

「お前なー、必死に貝殻拾いすぎなんだよ」

 アキラは呆れたように笑いながらミノルの頭を小突くふりをする。

「少し休もうぜ」

「うん」

 ミノルは青いベンチの端にどかりと座り込んだ。三人横並びになって、しばし、ぼうっと海を眺める。
 
 先端を白く泡立たせた波は穏やかに浜へ打ち寄せ、断続的に吹く潮風は、佑太たちの頬を優しく撫でていった。

「お菓子食べる?」

 ミノルがいつのまにかリュックを膝の上に載せ、店開きを始めようとしていた。

「なぁミノル、クジラ、いないんだってさ」

 アキラが小さくもない声でとなりのミノルに耳打ちする。

「え? クジラ?」

 ミノルはいったい何の話? といった顔つきできょとんとしている。

「あー、そうだ、クジラだ! クジラどこ?」

 唐突に思い出したようだ。ミノルは傷の付いたCDのようにクジラクジラと繰り返し始めた。

「だーかーらー、クジラはいないのー」

 アキラは明らかにミノルの反応を楽しんでいる。

「うそっ!? 佑ちゃんうそだったのか!」

 ミノルはアキラ越しに佑太を睨みつけ、マンガのキャラみたく頬を膨らませて怒っている。

「そんな目くじら立てるなよ。こうやって遊びに来れたんだからいいじゃん。な?」

 アキラがまぁまぁとミノルをなだめる。

 アキラのフォローのおかげで、クジラの話はそこであやふやになったまま終わった。

 ミノルが持ってきたお菓子やジュースを、三人で飲み食いしながらふざけた話をしているうちに、時間は早足で過ぎていった。
 
 いつのまにか陽は傾き始めていた。

「そろそろ帰るか」

 アキラが言った。 

 佑太とミノルが駅へ向かう道の途中で待っていると、アキラは堤防沿いに自転車を押してきた。

「あれ? それパンクしてない?」

 ミノルがアキラの自転車の後輪を指差す。

「ああ、ゴール目前でパンクしやがったんだよ」

「帰りどうするの?」

「自転車屋は近くになさそうだし、とりあえずお前らと一緒に電車で帰るよ。まぁ金は100円しか持ってないんだけど――」

「俺、電車賃なら出すよ」

 佑太はアキラの言葉を遮るように言った。

 だがアキラはそれをさらに手で遮り返す。

「――待て、それより、電車賃いくらだ?」

「300円」 横からミノルが答える。

「フッ」

 アキラは気取ったしぐさで前髪をかき上げてみせた。スポーツ刈りのくせに。

「お前ら、忘れたか? 賭けに勝ったのは誰だ? さぁ、キミたち敗者は速やかにジュース代を払いなさい」

 アキラは白い歯を見せながら手のひらを前に差し出した。

 駅に着き、切符を買った。駅員さんに事情を説明すると、自転車を載せていくことを許してくれた。



   ☆     ☆     ☆ 



 電車がするするとホームへ入ってくる。

 佑太たちはアキラの自転車が邪魔にならないよう乗客の少ない車両に乗り込むと、ベンチ式のシートに並んで腰掛けた。

 佑太のとなりでアキラとミノルは学校の先生の話で盛り上がっている。

 佑太はひとり後ろを振り返り、窓越しに海の方を見ていた。

 夕日を反射してきらめく波間がとても美しかった。
 
 佑太はこの光景をけして忘れまいと思った。必死に目の奥に焼きつけようとした。

 と、突然、沖合いの海面がぼこりと浮き上がり、海からなにか黒い大きな塊が飛び出した。

 その円筒状の物体は空中で弓なりに身体をくねらせ、一瞬静止したかと思うと、大量のしぶきを上げながら横向きに着水した。

 クジラ!? 佑太は自分の眼を疑った。

「お、おい、見ろよ!」

「なんだよ」 アキラとミノルが会話をやめて佑太の方を向く。

「ク、クジラだ、今、飛んだ、飛んだ!」

 佑太の声が震える。

 アキラとミノルは、くるりと後ろに向きを変え、窓に張り付くようにして海の方を見た。

 六つの眼が注がれた遥かかなたの海面は、呆れるくらいべた凪で、ただ夕日がオレンジ色の光の帯を、まっすぐに走らせているだけだった。

「やれやれ、もう騙されないぜ」 アキラがため息をつく。

「ほんとに見たんだって!」

「はいはい」

「ねぇ、アメちゃん食べる?」

 やはりミノルは飽きっぽかった。

 三人は各駅停車ののんびりとしたリズムに揺られてゆく。

 佑太はなんども後ろを振り返り、水面に黒い影を探したが、クジラはもう二度と姿を現すことはなかった。

 やがて海は視界から消え、じょじょに見慣れた風景が車窓に流れ始めた。

 佑太の口の中でミルキーの甘みが消えかかる頃、電車は速度を緩め、ゆっくりとホームに滑り込んでいった。













 了



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この記事へのコメント
力作でしたね。
もちろん、1から読み返しましたよ。
なんだか泣きそう。
空を飛んだクジラは、ずっと私の心にも残りそうです。

ファビコン、カッコイイですね(^^
Posted by ia. at 2009年12月31日 00:44
iaさん>
こんにちは。
見放さずに読んでくれてありがとー。
しかも1から読み直してくれたなんて! 感涙です(笑)
ぼくもさすがに書きながらちょっとぐっとくるものがありましたよ。
途中投げ出しかけましたが、なんとか書き終えることができてほんと良かったです。
>ファビコン
ググって始めて名前を知りましたw
Posted by レイバック at 2009年12月31日 12:20
レイバックさん、わたし、この結末意外だったわあ。
まだ中盤かなって、そういうつもりで読んでたから、うわあ、これホント裏切られた。
鯨がウソだったなんて思いもしなかった。

しっかしまあ、この回はなんて締めに相応しい構成なんでしょう。
海でガッカリさせておいて、電車でしっかりそこを取り返してるわ。
ラスト、ほんと良かったです。

夕陽にジャンプした鯨、アキラやミノルも見れたらよかったね。
Posted by つる at 2010年01月01日 00:35
つるさん>
あけましておめでとうございます。
ちょっと最終話が駆け足すぎましたね。
全部読み返してみるとやはりバランスが悪い(笑)
そのあたりのペース配分は今後の課題ですね。
正直、鯨を出すのか出さないのかでも迷いましたし、
結末を決めずに書きだすのは大博打だと分かりましたよ(笑)
まぁなんとか書き終えることができて良かったです。
長期連載にお付き合いくださってありがとうございました。
そして今年もよろしくね。
Posted by レイバック at 2010年01月03日 01:02
あけましておめでとうございます☆

「目くじら」で〆かと思ったら、やっぱりそこはさすがレイバックさん。
私にも鯨の姿が見えましたよ〜。
佑太もアキラもミノルもきっとずっと友達でいられるんだろうな〜。

今年も楽しみにしてます!
Posted by naena at 2010年01月04日 14:55
naenaさん>
あけましておめでとうございます。
ご無沙汰しておりまして申し訳ありません。
さすがに「目くじら」で終わったら暴動が起きるだろ。と、そこは自重いたしました(笑)
もちろん、バリバリ書きますよ! いや書くつもりですよ!(笑)
なので、今年もよろしくおねがいいたします。
Posted by レイバック at 2010年01月05日 22:31
駆け足には感じませんでしたよ。
モノホンの鯨が出てこないで肩透かしをくらったけど、
終わってしまえばこのほうがずっと「らしい」ですもん。
去っていく佑太の心情を表すのに
このラストしかなかったような気がします。
Posted by つる at 2010年01月07日 23:08
つるさん>
ほんとですか?
あまり違和感のないお話として受け取ってもらえたのなら嬉しいです。
今年は長編にもトライしてみたいのですが、
この筆の遅さではどうにも厳しいなぁ(笑)
Posted by レイバック at 2010年01月08日 20:50
くじら:クジラ:鯨…ザトウクジラですかね

海岸に行って見れるような「くじら」は

でも「目くじら」という”くじら”が見れたから良かった(?)のでは?
そしてゴジラじゃなくて良かったのも事実だと思います

何でも「くじら:鯨」には番号が付いているんだそうです 調査捕鯨の時に
「あの鯨は、前に○○方面の太平洋で見たヤツじゃないかな」とか判別する為に、
番号を打っているんだそうです

鯨社会にも「国民背番号制」みたいなのが有るんですね
まぁ、鯨に納税義務や勤労義務とか、、、あ!待てよ 私たち人間の目を楽しませるという
勤労の義務を果たしていましたね 小笠原の海で、鯨12号だったか、
海の底から海水面へ上昇してきて、姿を見せてくれましたよ♪

https://youtu.be/olMYtuaAVC4
くじら12号 JUDY & MARY 〜むかし、こんな歌、有りましたね 思い出しました
Posted by 捕鯨調査委員会 at 2016年10月29日 17:59
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