あたしは首を持ち上げて自分の身体を見る。
全身が深緑色の鱗で覆われていた。
やだ、なにこれ、気持ち悪い。
光沢のある鱗は照明を反射し、ぬらぬらと妖しく光っている。
これでは人魚どころか半魚人だ。
若い頃から男に褒められ続けてきた自慢の白い肌はどこにもなかった。
いったいあたしの身体になにが起こったの?
芳しい木の香りがする。
あたしはヒノキのまな板の上に仰向けに寝かされていた。
意識ははっきりとしているのだが、金縛りにあった時のように身動きがとれない。
ふと上を見てみると、夫のしかめ面が目に入った。
角刈り頭に捻り鉢巻き、板前の格好をした夫は、腕組みをしてあたしをにらみつけている。
その右手にはなぜだか出刃包丁が握られていた。
あたしの頭にいくつもの疑問符が浮かぶ。
そもそも営業マンのくせに、なんでそんな格好を――
「では、始めます!」
夫が突然、野太い声を上げた。
ちょっと、なに始める気?
逃げようともがくのだが、ぴくりとも身体は動かない。
夫は出刃包丁の柄を手の中でくるりと回し、刃の背であたしのおなかをこすり始めた。
肌を埋め尽くすようにびっしりと張り付いていた鱗が、ばりばりと音を立てて剥がされてゆく。
弾け飛んだ鱗が金色の紙吹雪のようにきらめき、あたしの周りを舞っている。
ばりばり。ああ、ばりばり。ああ、なんだか、これ、気持ちいいかも……。
あたしはわが夫の鮮やかな包丁さばきに見とれ、いつしか身をまかせていた。
やがて深緑色の鱗はすっかり剥がされ、すべすべの白い肌が姿をあらわした。
おおおおお。と観衆から感嘆の声が漏れる。
観衆がいたんだと、今頃になって気づく。
ああ、それにしてもすっきりした。
さあ、あなた、もういいからはやくここから下ろしてよ。
恥ずかしいじゃないの。なんてったって、はだかなんだし。
だが声は出なかった。
あたしはその辺の池の鯉のように口をぱくぱくさせる。
ねえ、あなた、はやく下ろして。
あたしは夫に目で訴えかける。
「では、今から三枚に下ろします!」
は?
ちょっとぉぉぉぉぉぉおおおおおお!
なに言ってるのよこのおたんこなす!
さっさとここから下ろしなさいよ!
「三枚に、三枚に……」
夫は戸惑いの表情を浮かべている。
「このサカナの場合、三枚に下ろすには、下ろすには……」
夫の目にきらりと光が宿る。なにかを思い出したようだ。
「真ん中からいきます!」
ええっ!?
夫はあたしの足首をしかとつかんで持ち上げた。
それじゃ大事なところが丸見えじゃないの! バカ! ハゲ!
夫は目を細め、出刃包丁の刃をあたしのあそこにぴたりと当てる。
そこだめぇええええええええ!
あたしは自由な方の足で夫の顔を蹴り飛ばした。
やった! 動いた!
「痛ぇ!」
はっ。あたしは目を開く。
パジャマ姿の夫が頬を押さえてあたしをにらみつけている。
片手にはあたしの足首が握られていた。
「ちょっと、あなたなにしてるの?」
「なにしてるのじゃねーよ。おまえが風呂上がりにうたたねしちゃうからだな、疲れてんだなと思って、足とか揉んでやってたの」
「うん」
「で、ここだここ」
夫はあたしのかかとを指差す。
「カサついて鱗みたいになってるだろ? だからスキンクリーム塗ってやろうとしたら―― この仕打ちだ」
夫はほれ、と赤く腫れた頬を突き出す。
「ごめんなさい。あたし夢見てて……」
素っ裸のまま観衆の前で大開脚させられたことを思い出す。
すると、手が勝手に動いていた。
ぱしん、とリビングに高い音が響く。
「痛ぇ! なにすんだよ!」
夫は目をまん丸に見開いている。
「ヘンタイ」
あたしはおなかに掛けられていたタオルケットを頭から被った。
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面白かったです!
>ねえ、あなた、はやく下ろして。→ 「では、今から三枚に下ろします!」
ここがすごく笑えました!
こんばんは。
妄想夢オチ系ですね(笑)
ありがとうございます!
小ネタを拾ってもらえて嬉しいです。
まな板のこい⇒なかなか良いネタですね 是非、ウチの板前に
新鮮なうちに、「下ろし」を任せて欲しいモンです
お造りにして、お客さんの見てる前で「こい・こく」の三枚おろし(ページ3枚て意味でさ)
に下ろすんで、ウチの「粋・寿司」に卸させて下さい
おろし(大根)付の「こい・こく」の”お造り”、粋でしょ
”いけす”を、ちゃんと用意して、いけす がない=いけ好かない なんて
ことにならないようにしないと 活け造りでもいいかな
どう”料理”しましょうか? 生きがいいネタみたいなんで…
え、築地移転? ちょっとちょっと 待ちなよ こちとら、ずっと店は築地で営業でさ
今さら、冗談じゃねーよ 魚も酒の肴も築地に限るもんでさ
小粋な都知事、よろしく頼んまさぁ♪ 小池の鯉かぁ…小粋だね