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「シロ」


 野良犬のグループが徘徊していると保健所に通報があった頃にはすでに町中に新型の狂犬病が蔓延していた。

 うちのシロにも。

 現在有効なワクチンは存在しません。確認されている限り、致死率は100%です。
 やたらと水を欲しがる上、妙にぐったりとしているので獣医に連れていったところ、そう言われた。
 発症後は約5日〜7日間もがき苦しみながら死に至ります。どうか楽にさせてあげてください。

 俺は考えさせてくれと言ってシロを連れて帰った。
 獣医には必ずここに入れておくようにということで檻を貸してもらった。
 囚われの身となったシロの目はいつも以上に潤みがちで、舌はだらりとだらしなく地に落ちていた。
 食欲はまったくないようだった。とりあえず水をやり、様子をみることにした。

 明くる日、シロは豹変していた。
 俺が近寄ろうとすると、猛然と吠えかかり牙を剥くので、水を取り替えてやることも出来なかった。
 俺は一時間ほどじっと檻の前に座り込んでいた。その間もシロはずっと猛り狂い、吠え続けた。
 何度も檻に体当たりをした。それでいて疲れる様子もなかった。
 あれほど美しかった白い毛並みはしだいに薄汚れ、鉛色にくすんでいった。

 俺は檻を車に載せた。

 街並はシロを散歩させている時となんら変わらぬ表情で窓の外を通りすぎてゆく。
 ただそこに、ひとけだけが無かった。

 保健所の駐車場に着いた。
 後部座席から下ろそうとしたところで俺は檻を取り落としてしまった。
 そのはずみでロックをかけていたはずの扉が開いた。
 シロが身をくねらせて檻から飛び出してくる。
 固まる俺の目の前で、シロは涎を撒き散らし、唸り声を上げる。もはや目の焦点すら合っていない。

 それはもうシロではなかった。

 シロが襲い掛ってきた。
 俺はとっさに腕を交差して顔を守る。
 身体の側面を風が駆け抜ける。
 背後でもみ合う音と犬の悲鳴が聞こえる。

 振り返るとシロが野良犬を地面に組み伏せ喉笛を喰い破っていた。
 野良犬の首からはごぼごぼと鮮血が噴き出している。
 二、三度痙攣したかと思うと野良犬はただの肉塊となり果てた。

 シロは血まみれの顔を上げる。
 澄んだ目で俺を見つめる。
 
 子犬のように心細そうに何かを訴えかける目だった。
 俺は家に来たばかりの頃のシロを思い出した。
 無意識に手を差し出してシロに一歩近づいた。

 シロはぐるりと身を翻しアスファルトを蹴った。
 風のように駐車場を駆け抜け、低い姿勢で生垣を潜り抜けて行く。

 シロは消えた。
 俺は野良犬の骸の前でただ立ち尽くしていた。

 翌月にはワクチンが普及し、新型狂犬病は沈静化した。

 あれからもう一年が経つ。

 俺はまだシロの小屋を片付けられない。














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この記事へのコメント
ただ かわいい、という面ではなく
とっても現実味のあるお話ですね。

でも、いままでのシロとの生活がどんなに
楽しかったか、どれだけシロが大切かが
語られない中に たくさん詰まっていて
それだけに辛さが胸にグッときます。

あーだめだなーこの手のお話は・・・。(T.T)

作品はすごくよかったです。心にズシッときました。
Posted by もぐら at 2010年08月18日 18:52
もぐらさん>
こんばんは。ありがとうございますー。
こういうお話は書いてても感情移入しちゃってねぇ。
大変なんですよ。実際書きながらうるうるきてますもん。
アホでしょ?(笑)
Posted by レイバック at 2010年08月18日 23:13
――この小説の主人公くんへ。
最善を尽くしたとしても、またそうでなかったとしても、
ペットを亡くした飼い主は自分のせいだと思うものです。
ガンバレ!――

一人語りで淡々と語られているのが余計にグッときますね。
追い打ちのようにラストであんな事実が明かされるなんて。
シロちゃーーーん。(泣)

一番最近のついのべも面白かったです。
「えっ?」って思ってから、ニヤッと笑っちゃいました。

最後にまったく関係ない話ですが……ブラックタイガース、強ええ!
Posted by ia. at 2010年08月19日 01:53
ia.さん>
こんばんはー。
熱いメッセージありがとうーーー
軽い作品が続いていたので、たまには硬質なやつも書かなきゃと思いまして。
え? 阪神のユニフォーム変わったの??
最近ぜんぜん野球見なくなったから(笑)
Posted by レイバック at 2010年08月20日 00:36
いいなあ、これはいいお話ですね〜
こういう芯のある話に巡り合うと、本当の感動を呼び覚まされます!
こういうのを書いてみたいなあ!


最近、低音難聴とやらで、高くずれて聞こえる幽霊音に困ってますw


Posted by 銀河径一郎 at 2010年08月23日 18:54
銀河径一郎さん>
こんばんは。
最大級の賛辞じゃないですか!
ありがとうございます。舞い上がりますよ僕(笑)

低音難聴ってあるんですね、それは辛いなぁ。
僕もかなりの偏頭痛持ちでして、治したいんですけどねぇ。
Posted by レイバック at 2010年08月24日 00:44
こんにちわ☆
また再開されてることに先日気付き、ウキウキ♪
お久しぶりです!!
これを機にまた色々読み返してるのですが、シロはだめです。
前も読んでうるうるしてたのに・・やっぱり哀しい。
切ないけど、映画のワンシーンのような、素敵な作品ですね。
Posted by PON at 2012年07月26日 16:07
PONさん>
こんばんは。
お久しぶりですー。
ダーッと更新して、また休眠してるんですけどね^^;
このお話も、作者的にはもはや懐かしいって感じです(笑)
でも思い入れのある作品なので、そう言っていただけて嬉しいです。ありがとうございます。
Posted by layback at 2012年07月27日 00:54

 飼い主のレイバックさんへ

 白いシロです 覚えていますか 実は今、イヌ社会のリーダーとして
毎日、忙しく過ごしています 親切な知らない人間の誰かの好意で、新型狂犬病ワクチンを
注射してもらい、完治して元気に暮らしています

 あの懐かしい檻:ケージは未だ有るんですね ワクチン注射の後、飼い主さんの家に帰ろうかと
何度も躊躇ったんです でも帰宅してしまうと、飼い主さんに甘えてしまう毎日に戻って、
犬として成長が止まってしまうかなと思ったので、結局、家に帰らず仕舞いになってしまいました

 イヌ社会では、リーダーなんかに選ばれてしまったので大変です 新人の野良犬や子犬たちに
集団生活とは何か、イヌ社会でのルール、イヌとしての自覚ある行動、イヌらしさの追求と尊厳を
守ること などなど  他のイヌたちにリーダー:指導者として、時には優しく、時には厳しく、イヌとして生まれた意義とイヌ哲学、”イヌ権”の確立に努力する日々…

 たまに休憩の時に、飼い主さんとの楽しい生活を思い出すことが今でもあります ビーフジャーキー、飼い主さんから「もらいたいなぁ」なんて ちゃんと”犬生”の良い思い出として忘れていません あの時、背後の狂犬・野良犬を飼い主さんから守ったのも、イヌとしての恩返しと義務です あの首輪とリード、未だ有りますよね 機会が有れば、また一緒に散歩したいなぁ♪


…だって、イヌだもの by みつを(みつを犬)
  
Posted by つぶやきシロ at 2016年10月25日 16:39
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