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締め切り


 人生の締め切りが迫っていた。
 別に締め切りを無視して悠々と暮らしていたわけではない。ただ知らなかっただけだ。
 この時の俺はまだ30歳。死などまったく予期していなかった。
 締め切り直前になっていきなり「編集者」と名乗る男から電話がかかってきたのだ。
 なにを言っているのかさっぱり分からないだろう?
 心配しなくてもいい。俺自身もよく分かっていない。
 しかも俺の編集者とやらは担当している人間が多いらしく運悪く何人かの締め切りが重なったせいで俺へ連絡するのが遅れたなどとみっともない言いわけをする。そんなこと知ったことか。

 編集者によると俺は決められた人生のイベントをまだ半分しかクリアしていないそうだ。
 なのに俺の命はあと一週間しかない。 らしい。
 もしイベントをオールクリアできずに締め切りを迎えたらもれなく地獄行きだと言う。
 だがたった一週間でいったいなにをどうしろと言うのだ。
 たしかに俺は結婚もしていないし子供もいない。
 仕事にしたってまだまだ平社員の身だ。それがどうした。スローペースでなにが悪い。糞っ。
 打つ手もなく悪態をついているうちに締め切り当日になってしまった。
 俺がぶうぶう文句をたれると編集者は分かりました。ではカンヅメでいきましょうとあっさり言った。

 急遽、俺は高級ホテルの一室でカンヅメになった。
 部屋に入るなりドアがノックされる。見知らぬ女が駆け込んできた。
「わたしがあなたの妻です!」
 なんだそれは。唐突すぎる。俺が呆気に取られていると、
「あなた! たいへん!」 今度はその俺の妻とやらが目をまんまるにして窓の方を指差した。 
 俺は思わず振り返った。なにかがものすごい勢いでこちらに向かって一直線に飛んでくる。
 いかん。このまま窓を突き破られたら、俺も妻もガラスの破片で怪我をしてしまう。
「伏せろ!」 俺は妻にそう叫んで窓を開けた。吹き込んできた突風のあおりを受けて俺はひっくり返ってしまった。
 間髪を入れず翼を広げたコウノトリが飛び込んでくる。
 コウノトリは床に伸びた俺の真上を滑空し、ずさーっとヘッドスライディングするような体でベッドに胴体着陸した。
 ハードランディングの衝撃で首にぶらさげていたバスケットからなにかが転がり出した。
 なんと赤ん坊だった。
 ダンゴ虫のように丸まりコロコロとベッドの上を転がった赤ん坊は、ヘッドボードで頭をぶつけて止まった。
 ゴンとかわいた音がした。直後、けたたましい産声が部屋中に響き渡った。
「あなた! わたしたちの子よ!」
 妻が赤ん坊を抱き上げ、歓喜の声を上げる。
 ジェットコースターどころではない。いくらなんでも展開が早すぎる。脚本家はいったい誰だ。
 頭を抱えたくなったが、とりあえず赤ん坊には適当に名前を付けておいた。

 クリスマス、誕生日、その他もろもろの記念日。入学式に運動会に卒業式。
 盆に正月。父の死、母の死。転職、昇進、そして定年。
 色とりどりの景色がスライドショーのように目の前を移りゆき、思い出が足あとのように脳に刻み込まれてゆく。

 少しは休ませてくれよ。そう言いたかった。
 席を外した俺はつめたい水で顔を洗う。
 洗面台の鏡で見ると、顔中見事に皺だらけ、頭は総白髪になっていた。

 しかしまあ。悪い人生ではないか。少なくとも孤独ではないのだから。
 俺は鏡の中の自分に向かって呟く。
 それに、禿げなくてよかったじゃないか。
 
 部屋に戻るとノックの音がした。
「失礼します」
 編集者がでかいカートを押しながら入ってくる。
 カートの上には当たり前のように棺桶が載っている。

 不思議と覚悟はできていた。
 泣き叫ぶ妻をぎゅっと抱きしめ、立派に育った息子にあとは頼んだぞ、と穏やかに告げる。
 俺は年老いて衰弱したコウノトリを胸に抱え、棺桶の中にそっと横たわった。
 閉じてゆく棺桶の隙間から編集者に尋ねる。

「なぁ、けっきょく俺は、締め切りに間に合ったのか?」

「ギリギリセーフです」

 蓋は閉まり、すべてが光に包まれた。













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この記事へのコメント
くふふふ。おもしろーい。
タイムマシーンの外側につかまってるみたい。
「ええー!それでエエのん!?」とも思いましたが。(^。^;)
コウノトリ 最後までおったー!
Posted by もぐら at 2011年10月07日 00:01
もぐらさん>
こんばんは。
ありがとうございます。
テンポ重視で書いたので少し忙しなかったかもしれませんね。
コウノトリたんは忘れたらあきませんw
Posted by layback at 2011年10月07日 00:50
なんだかシュールで、ちょっと怖いような話ですね。
「人生の締め切り」なんて突然言われたら、私も焦るだろうなぁ。
普段はダラダラしてるのに(笑)
でも、何人も担当してる編集って、ヨ○モトのマネージャーみたいですね(笑)

>それに、禿げなくてよかったじゃないか。
そこ、わりと重要なの?(笑)

シュールと言えば、レイバックさんのついのべの「ゾンビがコンビニの面接に来た話」も好きです。
あの世界観は楽しいですね。
他のも読んでみたいです。
Posted by ia. at 2011年10月07日 02:36
ia.さん>
こんばんは。
いつもありがとうございます。
先日伊坂さんの死神の精度を読んだので、
その影響が多少出てるかもしれませんw

禿げる禿げないって男にとっては勃つ勃たないと同じくらい重要なことなんですよ!
まぁぼくはもう諦めてますが……

そう言えばゾンビの話はここで書いてないかな?
ついのべではけっこう書いてるんですけどね。
せっかくリクエストをいただいたので、
また思いついたら書いてみますねー。
Posted by layback at 2011年10月07日 20:00
いつもお世話になります。
またお願いです。
ついのべの「夢見る少女」「お見合い」「ミーコとルンバ」「キャンドルライト」
の4作品をさとる文庫で朗読させていただきたいのです。
よろしくお願いいたします。m(__)m

いつもこちらのコメント欄からお願いしてすみません。
もし他の方法で連絡を取った方がよろしければ教えてくださいね。
すみません。
よろしくお願いいたします。
Posted by もぐら at 2011年10月08日 14:18
もぐらさん>
こんばんは。
おー久しぶりについのべを読んでくださるんですね。
ありがとうございます。うれしいです。

コメ欄でもぜんぜん構わないんですけど、
いちおうサイドバーのリンク集に雑談所を置いてみましたので、
そちらを使ってもらってもいいですよ。
どちらでもお好みの方でどうぞ(*´∀`)
Posted by layback at 2011年10月08日 23:19
ひどくご無沙汰してます。
窓からコウノトリが飛び込んでからのスピーディーな展開、思わず笑ってしまいました。うーん、世界ではどうかわかりませんが国内大会なら金メダルのスピードですね(笑)
えっ、コウノトリって副葬品なの?(爆)

よいお年を!
Posted by 銀河径一郎 at 2011年12月29日 00:39
銀河径一郎さん>
おお、お久しぶりですー。
すっかりご無沙汰しちゃっててすみません。
コウノトリのくだりちょっといいでしょ?
あそこが書きたかっただけなんですw
ありがとうございます。
銀河さんもよいお年を!
Posted by layback at 2011年12月29日 16:51
めちゃくちゃお久ですw
覗いてみたら、私好みのお話がUPされてて、嬉しい限り。
遅ればせながら、あけおめと、鬼は外〜と、ハッピーバレンタイン!
という訳で、他のを拝見しに行ってきまっす。
Posted by naena at 2012年02月28日 17:08
naenaさん>
こんばんは。お久しぶりですー。
あけおめと鬼は外とバレンタインありがとうございます。

おお、お好みのお話でしたか。
結局、去年は二回しか更新してないんですよねぇ。
今年は何回書けるかな(笑)
また更新してたら読んでやってくださいね。
よろしくお願いします。

Posted by layback at 2012年02月29日 21:30

 こんばんは! こんばんは同じく冷え込むようです 
こんばんは、何を夕食に?

と回文みたいな挨拶は、この辺りでやめておくとして…

人生の締め切り? 間に合わなくても、「来世」に繰り越しでOK!のはず
編集担当 は「地獄行き」とか、嘘ついているみたいですけど

みんな(たぶん、殆ど大多数の人々)、現世の”やり残し”が有って、それを
「来世」に持ち越しているはず

…私は、何%クリア、、、そういえば「全部、100%クリアしなければならない」と、
誰が決めたんでしょうか?

人生のきゃりーぱみゅぱみゅ、違っ! キャリーオーバーを世間一般では、
「来世」に繰り越して、みんな、それを何回、何十回も繰り返して 存在 している

釈迦でさえ、ブッダ=悟った人・悟りを開いた人になるまで(前世は、釈迦菩薩)、
何十回と 転生 していると聞きし侍りしかど…

有るのでも無いのでもなく、想うのでもなく想わないのでもなく…

Posted by 輪廻転生の人 at 2016年10月22日 13:21
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