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糸電話


 今晩は。
 月のきれいな夜だった。
 空気もよく澄んでいて、いつにもまして彼女の声が心地よく耳に響いた。

 僕は山の上に、彼女はふもとの村に暮らしている。
 連絡手段はと言うと、唯一、ご先祖様が苦労して通してくれた糸電話があるだけだ。
 ただし回線は一本しかない。そしてそれは村の長老の家に繋がっていた。
 彼女は夜になると、わざわざ長老の家を訪れて、僕に電話をかけてきてくれる。
 おかげで僕たちは毎晩、五分間だけ話をすることができた。

 僕としてはもっと長い時間彼女と話をしていたかったのだけれど、慎み深い彼女は長老に迷惑をかけるわけにはいかないと言って、いつもきっかり五分でおやすみの言葉を口にした。

 村人思いの長老のことだ。時間なんて気にも留めていないはずだよ。
 僕がそう言っても、けっして彼女はゆずらなかった。
 まぁ彼女のそんなきちんとしたところも僕は好きなんだけどね。

 聞いて。今日はね。こんなことがあったのよ。
 ああ。彼女のやわらかな声がざらついた僕の心を癒してくれる。
 他愛のないおしゃべりでもオチのない話でもなんでもよかった。
 そう。彼女の声さえ聞くことができれば。

 おっといけない。目を瞑って聞き惚れている場合じゃなかった。
 ほらほら、ぼんやりしてると時間がきてしまうよ。 
 ついには月にも急かされて、僕はこの日いちばん彼女に伝えたかったことを口にする。

 実はね。山で採れた碧の石で指輪を作ったんだ。それを君に贈りたいと思う。
 ありがとう。とってもうれしいわ。彼女の声がひときわ明るくなる。
 でも、いったいどうやって送るの?

 彼女の疑問も当然だった。険しすぎるこの山には郵便山羊も登ってこれない。
 食料や身の回りのものは完全に自給自足だったし、なにしろ僕自身、この山を下りたことが一度もなかったのだから。
 (ではどうやって彼女と知り合ったのかって? まぁそれはご想像におまかせするとしよう)

 とにかくさ。受け取ってほしいんだ。
 もちろん、ありがたくいただくけど――
 そのまま、少しだけ待ってて。
 ええ、分かったわ。
 そう答えてはくれたものの、彼女はまだ腑に落ちていない様子だった。

 まぁ見ててくれ。  
 慎重に糸から受話器を取り外す。月明かりに照らされた銀色の導線にそっと指輪を通す。
 重力という命を吹き込まれた指輪は、さーっと走りはじめる。僕は受話器をふたたび糸に繋いだ。

 夜空をまっすぐ駆け抜ける碧色の光線に月も星も息を呑む。
 虫のささやきも、木々のざわめきも、小川のせせらぎも、すべての音が消え去って、世界は静寂に包まれる。

 さぁ耳を澄ませ。

 やがてコツリと音が鳴り、おやすみの代わりに彼女の歓声が響いた。














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この記事へのコメント
これ、ロマンチックな話ですね

月夜に細い糸電話の糸が煌めいている感じがいいなぁ。
指輪がキラキラ回りながら落ちていく場面まで目に浮かびます。
離れて暮らす二人がお互いを思いやる優しさも良いですね。

Twitter小説でも月をテーマにした作品がいくつかありますよね。
あと、なぜか竹輪も……(^^
月をシャーベットみたいに食べる話が好きでした。
Posted by ia. at 2012年03月16日 01:59
きれいな夜の景色が見えるようです。
月の光に煌めく糸と。

でもソフトバンクのCMが頭に浮かんだのは
私だけ?(^^;)
Posted by もぐら at 2012年03月16日 16:42
ia.さん>
こんばんは。
おお、いい感じにイメージしていただけてうれしいです。
うちは遠距離恋愛中なので、まんまその話なんですけどねw

昔から花鳥風月というように、月の夜はいろいろと感じるものがあって、
ついつい何かを書きたくなりますね。ついのべは詩歌と似ているところもありますしね。
竹輪の話。。ありましたねぇw
Posted by layback at 2012年03月16日 19:39
もぐらさん>
こんばんは。
ありがとうございます。うれしいです。
誰が読んでも映像が目に浮かぶように書ければいいんですがなかなか難しいですねぇ。
書いてるうちに上手くなっていくと良いのですが。。

あらら。ひょっとしてソフトバンクのCMとかぶってました?
まずいなぁ。うちはテレビが無いので世の中の流れから取り残されてるんですよねw
Posted by layback at 2012年03月16日 19:44
こんばんは。
ソフトバンクのCMとかぶってるわけじゃないです。
ちょうど糸電話を使ってるCMなので浮かんだんですよ。
すみません。(^-^)
Posted by もぐら at 2012年03月17日 23:11
もぐらさん>
こんばんは。
おお。そういえば鳥取だか島根は糸電話がどうとか話題になってましたねw
わざわざ教えていただいてすみません。ありがとうございます^^;
Posted by layback at 2012年03月18日 00:10
うっかりしてたら立て続けに飛ばしてますねえ! 
すっかりものぐさ太郎の私には真似できません(汗)

これ、中国山岳地帯に住む、歌で求愛する部族みたいな
ロケーションをイメージしちゃいました。

めちゃめちゃロマンチックですねえ。
最近、こういう感覚を忘れてました。
レイバックさん、若い!!!
Posted by 銀河径一郎 at 2012年03月20日 23:54
銀河径一郎さん>
こんばんは。お久しぶりです。
コメントありがとうございます。
調子こいて連続更新しちゃいました(笑)

>中国山岳地帯に住む、歌で求愛する部族
うわ。それいいですね。調べてみてこんどネタにしようw

若くないですよー。
もうアラフォーですから(;´∀`)
Posted by layback at 2012年03月22日 01:30
こんにちは。教員しています。教材として使ってもよろしいでしょうか?
Posted by shomakun at 2014年10月30日 14:24
確かに、「どうやって、この2人は知り合ったのか?」ですね

糸電話の改修工事か何かが有って、その時に偶然…という感じでしょうか

山の上で採れた「碧い石」=メノウですかね? 日本での話でなければ、
碧い石=ラピスラズリ:幸運の石と考えられますけど…

「糸電話」の、つないでいる糸は”赤い色”ですよね、当然…
〜どうも、この手のラブストーリー的な話は苦手ですね 顔が赤くなりそうですよ(笑
Posted by 糸電話交換手 at 2016年10月22日 13:03
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