彼女はあこがれの作家ジョン・ポール・ジョーンズに会えて舞い上がっていた。
クールな表情でたたずむジョンの肩の上には彼のエッセイにもよく登場するオウムのピートがとまっている。
大型書店の一角に設けられた著者サイン会のコーナーに立っているのは彼女だけだった。
彼女は緊張のあまりしどろもどろになりながらジョンに話しかけた。
「あの、これ私が書いたはじめての小説なんです。ぜひ読んでみてください」
彼女は黒い紐で丁寧に綴じられた紙の束をジョンに渡そうとした。
ジョンは困った顔をする。
「もうしわけないが――」
「ぶしつけだってことはわかっています。でも私、あなたの本を読んで小説を書きはじめたから、どうしてもあなたに最初に読んでもらいたくて」
「ありがとう。お気持ちはうれしいんだが、ジョンは文字が読めないんだ」
「え? 目をどうにかされたのですか」
「いや、僕の目は問題ないよ。1マイル先の道路に落ちているコインも見逃さないくらいさ」
「ではなぜ?」
「ジョンは文字の読み書きができないんだよ。つまり文盲なんだ」
「さっきからジョンはジョンはって、あなたがジョン・ポール・ジョーンズでしょう?」
「僕はピートだ」
「ああ、神様」彼女は天井を仰いだ。「わけがわからないわ」
「僕がピートで、彼がジョンなんだ」
彼女がジョンだと思い込んでいた男性は、まず親指で自分を指し、次に人差し指で左肩のオウムを指さした。
「どういうこと。ジョンがピートで、ピートがジョンだなんて。私の頭がおかしくなってしまったのかしら」
「あなたはいまジョンの著書を持ってるかい?」
「ええ、ここに」
彼女はショルダーバッグからジョンの新作ペーパーバックを取り出した。
「著者近影を見てごらん」
彼女は本を取り落としそうになりながら表紙をめくる。
「あなたとピートが写っているわ。あなたはとてもハンサムね」
「それはどうも。さあ、よおく見て。写真の下にはなんて書いてある?」
「ジョンとピートって書いてあるわ」
「そういうこと。つまり彼がジョンで、僕がピートなんだ。いつもエッセイでは逆に書いているけどね」
「それじゃあ、この小説を書いたのはいったい誰なの? あなた?」
「僕と言えば僕だが、正確に言うと、僕はタイプしただけで、ストーリーを考えたのは彼さ」
「ごめんなさい。私、お話についていけてないみたい」
彼女は机に崩れ落ちるように両手を突いた。
「大丈夫かい? もう少しわかりやすく説明しよう。口述筆記はご存知かな? つまりこういうことだ。ジョンがストーリーを考えて僕に語りかける。それを僕が聞いてひたすら紙にタイピングしていく。言わばオウムと人の共同作業ってわけさ」
「なんだか頭がくらくらしてきたわ」
「これで説明は終わり。さて、サインはどうします? 僕がジョンのかわりに書くことになるけど」
ジョン、いやピートは黒光りするサインペンをくるりと指で回した。
「いただくわ」
彼女はよろめきながらペーパーバックを彼に手渡した。
彼女の元に返ってきた本の見返しには流れるような筆記体で J・P・ジョーンズ と書かれていた。
「ありがとうピート、会えてうれしかったわ、ジョン」
彼女はピートと握手をして、そしてジョンの羽をおそるおそる撫でた。
「おっと、忘れ物だよ」
ピートは机の上に置きざりにされていた彼女の処女小説を返した。
彼女はがっくりと肩を落としてサイン会のコーナーを後にした。
「きみは悪い人だ。いつもあんないたずらをしているのかい?」
側で一部始終を見ていた新しいエージェントのティムが呆れて言う。
「たまにだよ。素人の小説を読まされるのはかなわんからね」
「なあ、ピート?」
彼は傍らのオウムに語りかける。
オウムは威厳たっぷりに翼を広げる。
「僕がジョンだ」
「僕がジョンだ」
「僕がジョンだ」
オウムは何度もくり返した。
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ジョンの語り口調が巧妙で、すっかり騙されてしまいましたよ。
でも実はこれが本当だったとしたら、エージェントも騙されていてジョンが言ったことが真実だったとしたら?
そんな風に勘ぐってしまうほど雰囲気たっぷりで面白かったです。
こんばんは。
ありがとうございます。
ほぼ狙った通りの読み方をしていただけて嬉しいです。
けっきょくほんとのところはどうなのよ?
って、書いてる自分でも思いました(笑)
本当は ”ジョン・ポール・ジョーンズ”でなくて”ジョン・ピート・ジョーンズ”でしょ?
だって、ジョンとピートの”共作”なんだから(笑 オウムの復唱が、その証拠ですよ
ピート「たまに〜」て”嘘ついている”けど、オウムは「僕がジョンだ」て何度も繰り返しは「たまに〜」だったら、あり得ないのでは?
オウム返し という言葉が有ります オウムの何度も繰り返す”復唱”は、「たまに〜」程度では、オウムが覚えない!から、あり得ないんですよ
”新しいエージェント”ていう事実も、ジョンとピートの”共作”の証拠では?
実際には”共作”も「あり得ない」ので、本当の事実:著者は恐らく”前のエージェント”でしょう 何か不都合が有って(金銭的トラブル?)、”新しいエージェント”に担当が変わった…これが真相では?(または、新しいエージェント=前のエージェントで、ティムこそ本当の著者?)
と、真剣に”推論”してしまいました
ちなみに JP=JAPANの国名ドメインですけど…
PS:
J・P・モルガン という人がいましたが、ジョン・ピアポント・モルガンというフルネームだそうなので…JPモルガンて略されても仕方ないですね 本当の名前だから(苦笑