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ほくろ


「そんなにじっと見てても顔は変わらねえぞ」
 後ろから宇宙人のポールがごちゃごちゃと言ってくる。
「うるさいなあ。居候のくせに」 メグは手鏡をさらに顔に近づける。
「目の下のほくろが最近大きくなってるから気になっちゃってね。病院で取ってもらおうかな」
 べつにポールに話しかけていたわけではなかった。ただのひとりごとのようなものだった。

「なんならおれが取ってやろうか?」
 身を乗り出すようにしてポールが鏡をのぞき込んでくる。

 ポールの身長はわずか1メートル足らず。
 地球上に落ちてくる宇宙人の中では比較的小さな部類だった。
 メグが大学の帰り途に、側溝で死にかけていたポールを拾ってから、かれこれ数カ月が経つ。
 最初は少し気持ち悪いと思った彼ののっぺりとした顔つきも、今ではかわいいとすら感じられるようになっていた。

「取ってやろうかって、そんなことできるの?」
「地球人のほくろぐらい楽勝だよ。太陽に頼まれて黒点を取ってやったこともあるくらいだからな」
 ポールはえらそうに腕組みをして、カーペットの上を歩きまわる。

「ふうん。じゃあ、おねがいしようかしら」
「オーケイ。メグにはいつも世話になってるから500ドルで手を打とう」
「ばっかじゃないの。居候のくせに。あんたの明日の朝ごはんは抜きね」
「わ、わかったよ。ただでやるよ。ただでやるから。そのかわり朝食の目玉焼きの玉子は2つでたのむ」

 口は悪いくせに、メグがちょっとでも強気に出ると、あわてふためいてすぐに譲歩する。
 朝食の玉子の増員をアピールするだけなのに、やたらと大げさな身振り手振り。
 なんとも愛嬌のあるポールのそのしぐさに、メグはついつい笑ってしまう。 

「しょうがないなあ。じゃ取引成立ね。で、手術はいつするの?」
「手術なんてそんなたいそうなもんじゃねえよ。お前が寝てるあいだにちゃっちゃと取っといてやるよ」

「ねえ、それって、痛い?」 メグは上目づかいでポールにたずねる。
「おれを誰だと思ってんだ」 ポールのつぶらな瞳が黒曜石のようにきらりと光る。
「地球人の医者なんかと比べてもらっちゃ困るね。痛みなんてみじんも感じさせねえよ。前にバジル星でバージンの女の子のナンパに成功して性交したときも――」
「ああ、もういいもういい。あんたのそんな生々しい話は聞きたくないの。とにかく痛くしないでよね」
「まかせろよ」
 ポールはすべすべとした自分の胸をこぶしでどんと叩いた。

「そろそろ寝なきゃね。明日はあたし、朝から物理の授業だし」
「先に寝ていいぜ。おれは今から故郷との交信を試すから。そのあとにお前さんのほくろ取りだ」
 ポールはそう言って、メグが部屋の中央にレゴで作ってあげた空飛ぶ円盤型の家に入っていく。
「おやすみポール。あとはおねがいね」
「ああ。おやすみメグ。いい夢を」
 ポールは静かにドアを閉めた。

 朝目覚めると、ほんとうにメグの顔のほくろは消えていた。
 メグは手鏡をのぞき込む。ほくろのあったところを指でなぞる。痛みも違和感もまるでなかった。
 少しさびしいような気はしたものの、胸に引っかかっていたものが取れたように感じられて、メグはうれしかった。
「ありがと、ポール。あなたもたまには役に立つわね」
「ふん。たまにはとはなんだ、たまにはとは。目玉焼きの玉子は2つだからな。忘れんなよ」
「わかってるわよ」

 いい気分だったのは、ほんの一瞬だった。
 メグは朝食の前にシャワーを浴びに行って唖然とした。

「ポーーール! ちょっと来て!」
「なんだ、どうした!」
 ポールはあわててバスルームへ駆けていき、目一杯背伸びをしてガラス扉を開ける。
「きゃあっ! レディのはだかをのぞくな!」
 メグは小さな胸を腕で隠して、ポールの顔にシャワーを浴びせる。

「なんなんだよ。地球人の女はめんどくせえな」
 濡れネズミになったポールは舌打ちをして扉を閉める。
 すりガラスの向こうから、メグのくぐもった声が聞こえてきた。

「ポール? あんた、昨日あたしになにかした?」
「なにってほくろを取ってやっただけだろ。いくら野良宇宙人のおれだってお前さんの寝込みを襲ってバージンを奪おうとするほど落ちぶれちゃ――」
「バ、バ、バージンちゃうわ! ばかっ!」
 メグはバチンとガラスを叩いた。

「ああ、そういや顔のほくろを取るついでに体中のほくろも全部取っといてやったよ。どうせいらないものなんだろ?」
「あのね、ポール。よく聞いて」 メグの声が急に小さくなる。
「あたしのね、かわいらしい乳首がなくなってるんだけど――」
「乳首?」 ポールはきょとんとする。
「ああ、お前の平べったい胸に2つばかりついてたあれか。なんだよ。ほくろじゃなかったのかよ。真っ黒だったからおれはてっきり――」
「ばかーっ!!!」
 メグの声のあまりの大きさにポールは後ろにひっくり返った。

「お、おい、大丈夫だって、その乳首とやらは、まだお前の部屋のゴミ箱の中にあるはずだし、今日の夜にでもまた取りつけてやるから、な? もちろんただでだぞ。金は取らない。だから泣くなって、な?」
 ポールはすりガラスにヤモリのようにぺっとりと張りついて必死にメグをなだめる。

「ばかばかばかばかーっ! もうお嫁に行けない、うわぁーん!」
「だから大丈夫だってば、おれがなんとかしてやるから、な?」
 ポールは赤子をさとすように、なんども同じことばを繰り返した。
 嫁のもらい手がなければおれがお前をもらってやる。そう口にしてしまう誘惑に駆られながら。













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posted by layback at 01:08
| Comment(3) | ショートショート作品
この記事へのコメント
こっちは可愛い話ですね。
「もうお嫁に行けない、うわぁーん!」っていうセリフが可愛くって大好きです。
「真っ黒だった」なんて言われたら、女の子はショックですよね。
ポールも早く告っちゃえばいいのに。
殴られるかもしれないけど(^^

恋愛ものはキャラも大事ですよね。
二人の掛け合いが、それだけでコメディドラマみたいで楽しかったです。
Posted by ia. at 2012年03月21日 00:43
ia.さん>
こちらにもありがとうございます。
ちょっと強引で、ブラック? なネタでしたけど、
ラブコメっぽく楽しく書けたから良かったかなと。
もう少しキャラを掘り下げてシリーズ化できたらいいんですけどねー。
Posted by layback at 2012年03月22日 01:39
こんにちは 今回もコメントです 
毎日2,3ストーリーくらいの目安で読んで? 見て?います

>側溝で死にかけていた…拾って
 野良宇宙人の…

⇒側溝で死にかけていた拾われた「野良宇宙人」てのが笑えますね 何か秋から冬に変わって
 寒さで死にかけている”カマキリ”を拾って何とか暖かい家の中で飼って、”目玉焼き”を
与え続けている、という感じで…

ラブコメ!? はっきり言って「一番きらいなジャンル」です
このストーリーは、その「一番、くだらないジャンル」のストーリー?

純粋なショートショートとして、じゅうぶん読めますけど?

※ ラブコメ てのは、どうも中高生(それも女子中高生)の読みモノなので、例えると
 甘ったるい菓子に、さらに甘いシロップを「これでもか、これでもか」と上から”かけまくり”
の、「もう甘過ぎて、食べたとたん、全身糖尿病で即死だよ!」的な…
 気持ち悪さ満点の代物or汁物で:汗


Posted by 地球人 at 2016年10月19日 14:35
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