彼の部屋の水槽には見たことのない小さな魚がたくさん泳いでいた。
「ねえ、これなんて魚?」
わたしが訊ねると、彼はそっけなく、ガラ・ルファ。と答えた。
二人ともあまりお腹は空いていなかったから、夕食はデパ地下で買ってきたサラダとバゲットとワインで軽くすませた。
「洗面所借りるわね」
食後すぐにわたしは歯を磨く。だからいつも歯ブラシは持ち歩いていた。
集中して歯を磨いていて、ふと気付くと、彼が鏡の奥に立っていた。
わたしはむせ返りそうになりながら口の中をゆすいだ。
「ちょっとなによ、びっくりするじゃない」
彼は口をもごもごと膨らませている。右手にはプラスチックのマグを持っていた。
「まだなにか食べてるの?」
彼は無表情に首を横に振る。
「じゃあなんなのよ」
彼はまた首を横に振る。
「飲みもの? それとも、うがいでもしてるの?」
やっぱり彼は首を横に振った。
わたしはため息をつく。
出会った頃から変な子だとは思ってたけど、ほんとに変わってる。
部屋に遊びにくるのはまだ早かったかな。などと考えてしまう。
「歯は磨かないの?」
磨かないとキスもおあずけなんだぞ。わたしは心の中でつぶやく。
彼は返事もせずに、ただその場に立ち尽くしている。
口はまだもごもごとさせたままで、ただし表情だけは、いつのまにか恍惚となっていた。
業を煮やしたわたしは詰問する。
「言いなさい。お口の中身はなんなのよ」
彼は、ちょっと待ってて、と身振りを残して部屋に消え、四角いメモ帳を持って戻ってきた。
彼は掌の上のメモになにやら書きはじめる。
書き終えたかと思うと、今度はそれを印籠のように、わたしの目の前に突き付けた。
ガラ・ルファ:通称ドクター・フィッシュ。
小さな魚が遊んでいるような文字で、メモにはそう書かれていた。
ショートショート:目次へ
人間、失敗というものを何回か繰り返して成長していく
そうして失敗から経験と学習を経て、経験者:ベテランになっていく
みんな、初めは誰もが初心者:ビギナーだ
間違っても最初から、いや、機械なら別だが「人間」である以上、
ベテランになっても、ごくたまには失敗をする
だって「人間だもの」 みつを
ただ、非人間である存在・機械や今回の「ガラ・ルファ=ドクター・フィッシュ」は
それこそ「絶対、失敗しない」というか、まず「失敗とか、あり得ない」
某・女医に私は面と向かって冷静に言い放てるだろう
「そうでしょう 貴女は子供を産む機械だから、絶対に失敗しないんでしょうね」
私に反論できないはず だって「絶対に失敗しない」医者と言い切っているのだから