9回裏、2アウト、ランナー3塁。
カウントは2−3。
うちのチームが1点差でリードしていた。
こいつが最後のバッターだ。
マウンドで俺は呟く。
次の1球で決めてやる。
ヤツはバットに当てるのが滅法上手い巧打者だが、案ずることはない。
俺には温存していた魔球があるのだ。
この球だけは誰にも触れさせない自信があった。
俺はマウンド上で一息つくと、大きく振りかぶり、
キャッチャーミットをめがけ、渾身の1球を投げ込んだ。
俺の手を離れた白球は、
不規則な回転をしながらバッターの手前で大きく変化し、
向かってきたバットを上手く避け、
ついでに、キャッチャーミットも避けきった。
ボールは転々とバックネットへ転がってゆく。
バッターは悠々と1塁へ向かい、
サードランナーは両手を挙げ、ホームへ滑り込んだ。
俺はあまりのショックにカバーも忘れ、
へなへなとマウンド上に崩れ落ちた。
顔を上げると――
ボールはまだ土の上を逃げ回っていた。
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