おすすめ作品

  「JP」 「糸電話」 「逆向き」 「締め切り」

  ショートショート全作品目次へ


「無力感」


俺には、手も足も出す事が出来なかったんだ。

ドサッ。

音を立てて、ボロ雑巾のようになった人間が部屋に放り込まれた。

日本人の若い女のようだ。

完全に気を失っている。

今まで見てきた女達と同様に、

おおかた借金トラブルが原因で連れてこられたのだろう。

ヘルス、ピンサロからソープへ。

そして都会から地方へ。

地方のソープでも使いモノにならなくなったら、もう日本ではお払い箱だ。

最終的にはタイのこの街に送られてくる。

言わば、ここが終着駅だ。

これより落ちることはもうない。

あるとしたらそこは恐らく、永遠の闇だろう。

もっともその方が本人にとってはずっと幸せなのかも知れないが。

数時間後。

薄暗い部屋の中には数人の男が集まり、

これから始まる作業の準備を進めていた。

まずは右腕からか。

女はパニックに陥らないよう、あらかじめクスリでキメられている。

丸めた布を噛まされたその口元にはよだれが伝い。

厳重に目隠しされた顔の上部には、

汗で濡れた黒髪がベッタリと張り付いている。

右腕に打たれた麻酔がそろそろ効いてきたようだ。

女の身体が次第にグッタリとしてきた。

黙って見守る俺の前で、ビデオカメラと照明のセッティングが行われている。

こういうビデオはマニアの間では高値で取引されていた。

もちろんアンダーグラウンドな世界での話だが。

老いも若きも平和ボケしている日本では、

都市伝説のように語られているに過ぎない話も、

この国に於いては鮮やかな色彩を帯びた現実だった。

男たちの動きが止まり、部屋の空気が張り詰める。

機材のセットが終わったようだ。

闇医者が女の側に寄り、腕の状態を確認する。

振り返って、両手で機械を持つ大男と目を合わせると、二人は黙って頷き合った。

それが合図だった様に、コンクリートで囲まれた部屋に2ストロークの乾いたエンジン音が響き渡る。

今まで何度も目にしてきた光景だ。

唸りを上げながら回転する歯が女の腕に近づいていく。

なんとかしてやりたい。

過去には、そう思う事もあった。

だが、俺には手も足も出す事が出来なかった。

壁に取り付けられた木製の棚に、四肢を失った俺の身体は置かれている。

隣には同様に数人の女の胴体が並べられていた。

そう。誰もこの部屋で行われている事に手を出すことは出来ない。

回転数を上げ、より高く響くエンジン音に、新たに鈍い音が加わった。












ショートショート:目次へ
 
この記事へのコメント
こわっ!
あの都市伝説がベースですか。
ハードボイルドかと思ったのですが、やっぱりひとひねり効いてますね。
涼しくなりました〜。
Posted by ia. at 2007年07月31日 01:06
レイバックさん、多角度ですね。
画面の色を変えるのも自在ですね。

その才能を純粋に尊敬します。
応援しています。
Posted by 藍 at 2007年08月01日 02:34
iaさん>
この手の都市伝説多いですよね(笑)
夏向きの一篇に仕上がっていましたか?^^
Posted by レイバック at 2007年08月01日 20:18
藍さん>
色々なジャンルを、色々なカラーで書けたら・・
と思いますが、なかなか納得のいくレベルには程遠いですね。
もっと昔から書いておけばよかった!(笑)
Posted by レイバック at 2007年08月01日 20:21
いつ、どんでん返しが来るんだろう、と待っていましたが、
来なかったことに気落ちしてみたり・・・。
こんな現実が、あるのかないのかわかりませんが、
絶対あるわけない!って言い切れない世界って、
嫌ですね・・・。
色々考えちゃいます(゜〜゜)
Posted by りき at 2007年08月04日 21:58
りきさん>
実際には・・・どうなんでしょうねぇ。
噂ではよく聞きますが・・・。
どんでんがえし無しで救いも無くて
申し訳ないですヾ(´▽`;)
Posted by レイバック at 2007年08月05日 00:00
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック


×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。