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「ホームレス」


9月某日。
残暑厳しい平日の昼下がりの事である。

地下鉄丸の内線、とある駅のホームを、
一人の浮浪者が、ふらふらと歩いていた。
おそらく落ちていた切符でも拾い、
改札から紛れ込んだのであろう。

男は何か目ぼしい物でもないかと、ゴミ箱を漁りながら、
S字を描くように、ホーム上を移動してゆく。
彼の通った後には、猛烈な臭気が漂い、
次の列車を待つ人々は、あからさまに眉間に皺を寄せ、
顔をそむけていた。中には舌打ちをする男性もいる。

その時だ、天井からぶらさがるスピーカーから、
列車の到着を告げるアナウンスが流れた。
丁度、点字で記された乗車位置のあたりを歩いていた男は、
近付いてくる警笛の音に引き寄せられるように、
ホームの端へ、ふらりと身体を傾けていく。

「危ないっ!」

誰からともなく叫び声が上がると同時に、

男が落ちた。

が、とっさの事だったので、
それを見ている者達も、まったく動けなかった。

線路の上にうつぶせに倒れた男は、
自らの身に何が起きたのか、
はっきり把握出来ていないようだ。
まだ立ち上がろうとしない。

「キャーッ!」

女性の悲鳴が上がる。

先頭車両のライトがどんどん近付いてくる。
男がやっと、我に返ったように、
近付いてくる化け物の方を向いた。

狂ったように鳴る警笛。折り重なる悲鳴。
気の弱い傍観者達は、目を両手で覆った。

が、男は撥ねられる寸前、横っ飛びし、
意外なぐらいの素早さで、ホームの下へ身を翻した。

間一髪。

轟音と共に、列車は男が居た場所を通過してゆく。

いったん停車した車両がゆっくりと前へ進み、
空っぽになった線路へ、駅員が数人降りていった。

だが、線路の上にも、
ホーム下の退避場所にも、男の姿は無かった。

その頃、男は……


   ☆   ☆   ☆


ドサッ。

うおおおおおおお〜〜〜〜っ!
あぶねかったがや〜〜!
って言うか、ここどこだ??

目の前にあるはずのホームが無かった。
男は十メートルほど落下しただろうか。

積み上げられたダンボール箱の上に、背中から着地。
上手く箱が潰れて、クッションの役割を果たしたようだ。
男は、そのまま仰向けの体勢で、天井を見上げた。

高い。

まるで宮廷の吹き抜けのように高い天井が、アーチ状に広がっている。
男は、まだ衝撃で痺れる身体にムチを打ち、
首をもたげ、周りを見回した。

そこにはコンクリートむき出しの、
広大なスペース(サッカーのピッチが何面も取れそうだ)が広がり、
壁際をグルリと埋めるように、
とんでもない数のダンボールが積み上げられている。

ホームレスの男は、

核シェルターという名の家を手に入れた。











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この記事へのコメント
お邪魔いたします。

東京の地下鉄の持つ、一種蠱惑的と申しますか未知の閉鎖的空間である点を大変うまくとらえたものと拝読いたしました。
あそこから異空間へワープしてもおかしくない、そんな感想を抱いております。

ホームレスの方々、地方の方にはすこしリアリティが伝わりにくいでしょうが、現実の世界とは隔離された存在として、わたくしには見えるのでございます。
Posted by じょぉサマ at 2007年09月08日 11:29
じょぉサマさん>
コメントありがとうございます。
僕も実は東京の地下鉄に乗った事は、
無いんですけどね(笑)関西人なもので・・・
想像だけで書いてしまいました。
でも都市伝説でささやかれてるように、
東京の地下には何かが隠されていそうですね。
Posted by レイバック at 2007年09月09日 00:31
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