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「月下の死闘」


俺には誰にも知られてはならない秘密があった。

月を見ると……なんだ。

そう、有名なアレだ。

しかも俺の場合、タチの悪いことに、

満月のみならず、全ての月に反応してしまうからやっかいだ。

これは一族の中でも、変わった例らしい。

あ、そうなんだ?

なんて、軽々しく言わないでくれ。

こう見えて、なかなか大変なんだ。

夜に出歩く時には、月の有無を確認しなければならないし、

もし月が出ていた場合は、万に一つも空を見上げないように、

細心の注意を払わなければならない。

そんな面倒臭い生活を余儀なくされている俺だが、

年に一回だけは、そのチカラを解放する日がある。

それが今週末、国立競技場で行われる大会だった。

何の大会かって?

フードファイトだ。

そう。テレビ中継もされる。有名な大食い選手権だ。

普段の姿のままでも十分大食いの俺は、

予選ラウンド程度なら、余裕で勝ち抜ける事が出来る。

だが、全国の猛者どもが揃う決勝だけは、

例のチカラを使わなければ、勝てそうになかった。

とくに昨年、彗星のように現れたアイツはヤバすぎる。

関西出身のそのオンナは、華奢な体つきのクセして、

とんでもない大食い野郎……いや大食いビッチだったからだ。

おまけに、そいつはギャルの風貌で、トークも無難にこなすからか、

最近では、バラエティ番組で、タレント的な使われ方もしている。

この俺様を差し置いて。

まったくクソ生意気な野郎……いやクソ生意気なビッチだ。

昨年の大会の決勝で、アイツに敗れた時の屈辱ときたら……

思い出しただけで頭に血が上る。

あれはそう、それまで2連覇していた俺の権威が、まさに地に堕ちた日だった。

今年こそは、必ずやタイトルを取り返してみせる。

俺は心に誓った。


  ☆    ☆    ☆


大会当日。

天気予報通り、雲ひとつ無い快晴だ。

午前中から昼過ぎにかけて、無事に予選ラウンドを終え、

決勝は夜、陽が落ちてから行われる。

いくら一流のフードファイターと言えども、

あるていどのインターバルは必要だ。

今回の決勝進出者は5名。その中には、

もちろん俺とあのビッチも含まれている。

俺は決勝を前に、控え室でゆっくりと体を休めていた。

本番までは、あと30分。

手首に着けた時計を見て、時間を確認する。

そして、脇に置いたバッグから、

青いプラスティック製のピルケースを取り出すと、

誰も見る者が居ないか、周りを確認し、

一粒の錠剤を口中に放り込んだ。

“ハーフウルフリン”

これを飲んでおけば、月を正視しても完全な狼男状態にはならず、

若干、髪の毛が逆立ち、体中の筋肉が張り詰める程度で済む。

それでも、体の機能はUPするので、確実に喰いまくれるはずだ。

ガチンコに変身してしまうのは、あまりにも危険すぎた。

俺の正体がばれるのは勿論の事、いったい何人の犠牲者が出ることか。

ドラゴンボールの悟空が、大猿に変身した時ほどではないにしても、

いったん狼男になると、まったく自分のコントロールが効かなくなるのだ。

「皆さん、決勝がはじまります」

控え室を訪れたスタッフの声を合図に、戦士達が立ち上がった。

一年ぶりに立つ決勝の舞台の上で、

ベースボールキャップを目深に被った俺は、

変身するタイミングを計っていた。

クスリを飲んでいるとはいえ、月を見たとたんに気性が荒くなる為、

変身はギリギリまで待ちたかった。言動を怪しまれる可能性があるからだ。

決勝の品目はカレーライス。

しかもわんこカレースタイルだ。

そうとうハードな展開が予想された。

自らの横に並ぶライバル達を、伏し目がちに見る。

皆、緊張の面持ちだったが、一人だけ、

例のオンナが、細い目をさらに細くして空を見上げ、

祈るように胸元で、両手を握り合わせている。

なぜだか、その口元はほくそ笑んでいるように見えた。

「では決勝戦スタートォォォッ!」

司会の男性アナウンサーの大げさな掛け声で、

俺はベースボールキャップを後方へ投げ飛ばした。

1枚目のカレーの皿を、飲み込むようにして空っぽにし、

2枚目の皿を受け取りながら、ちらりと空を見上げる。

月が無い。

嘘だろ? 軽く焦りながらも、

2枚目の皿を造作も無く片付け、再び空をちらり。

無い。無い。無い。月が無い。

やばい。

こ、これじゃ、去年と同じ展開じゃねーか……

3枚目。4枚目。汗が噴き出してくる。

ちらり。

無い。そこにあるはずのお月さんの姿が無いのだ。

熱き戦いは終わった。

割れんばかりの拍手に包まれた表彰台の頂点に、俺の姿は、無かった。

会場では2連覇を果たしたビッチギャルのすっとぼけたインタビューの受け答えが、

観衆の笑いを誘い、何度も大きな拍手が起きている。

肩を落とした俺の目の前にも、

申し訳程度の慰めの言葉と共に、マイクが突き出された。

「大神さん! 雪辱を狙った今大会でしたが、残念でしたね」

「ええ……」

「ずばりお聞きします! 敗因は何だったのでしょう??」

「今回は……、いや、今回も……

ツキが無かったようです……」











狼男@


    
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この記事へのコメント
2週間ほど前にお邪魔しましたshitsumaです。

まさか、そんな駄洒落オチとは……。
思わず吹き出してしまいました!
こういうの大好きですw
Posted by shitsuma at 2007年09月10日 17:41
こんにちは。
今回もいいなあ。無駄がありませんね。

ありふれた素材(狼男)を扱っているのに、料理(大食い)の仕方が斬新!
なんか全然関係のないもの同士を結びつけるという意味で、フェルマーの大定理を証明する時に使われたという“谷山・志村予想”を思い出しました。
まあ、聞きかじりです。

>青いプラスティック製のピルケースを取り出すと、
最後までこの『青いプラスティック』にひっかかっちゃってまして
その意味でも裏切られました。
Posted by つる at 2007年09月10日 18:59
もう面白過ぎです!
今回はゲストタレントも登場してて豪華ですね!!
大神さん・・名前も笑えますね 笑
お腹いっぱいです(*´д`*)アハァ
Posted by タケシ at 2007年09月10日 22:28
shitsumaさん>
こんばんは。
大風呂敷を広げておきながらの
ダジャレオチ。ドキドキしながら
読んでくださった皆様に
申し訳無い気持ちで一杯です(笑)
Posted by レイバック at 2007年09月11日 21:22
つるさん>
フェルマーの大定理!
あとでググってみます・・・^^;
これはかなり強引な展開で
プロットも怪しいので
書くのがしんどかったですねぇ。
本気で疲れました(笑)

Posted by レイバック at 2007年09月11日 21:36
タケシさん>
ありがとうございます☆ 良かったですか??
リクエストにお応えして、書いてみましたが、
グダグダ、強引な展開になってしまいました(笑)
Posted by レイバック at 2007年09月11日 21:39
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