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「ムーンライトセレナーデ」


月がとても小さい夜。

夜道を僅かに照らす光。

そのほのかな明るさが、

今のわたしには心地良かった。

冷たい月の光が、

仕事の後で火照る身体を冷ましてくれるようだ。

ぼんやりと、我が家から洩れる明かりが見えてくる。

夜道にペタペタと響く軽い音とは裏腹に、

地面を踏むわたしの足取りは重かった。

木造の古ぼけた平屋の前で立ち止まる。

引き戸を開け、履物を脱いだ。

「おかえりなさい」

「ただいま」

いつものやりとりが続く。

「お疲れ様でした」

「ああ」

「お風呂にします? それとも食事ですか?」

「いやメシにしよう、遅くなってすまん」

「分かりました。すぐに支度をします」

わたしが居間で仕事道具を片付けているあいだに、

小夜は手際良く食事の用意を整えた。

「あなた、食事が出来ましたよ」

「ありがとう、お前も腹が減っただろう」

「いえ。お昼が遅かったですから」

「そうか」

二人で手を合わせ、膳へ向かう。

焼き魚にお浸し、漬物と味噌汁。

そして白い飯。

わたし好みの献立だ。

小夜は無駄口が少ない。

元々無口なわたしもそうだから、

食事時は至って静かなものだった。

出された皿、全てを綺麗に片付け、

最後に茶を飯茶碗に注ぐ。

残った米粒を漬物で拭い、それを一気に啜った。

「ご馳走様」

「お粗末様でした」

「小夜、今日も美味かったぞ。いつもすまんな」

「あら、どうしたんですか。改まって」

小夜は思いもかけぬわたしの言葉に照れたようで、

雪のように白い頬を、ほんのりと染めた。

小夜が食事の片付けをするあいだ、

わたしは畳の上に置いた刀を手元へ引き寄せ、

いつものように手入れをはじめた。

するりと音も立てずに抜いた刀身が、

蝋燭の明かりを受け、艶かしく光る。

――お前はまだ、新たな血を求めているのか?

「小夜、ちょっとこちらに来なさい」

「ええ、もう少し待って下さいな」

「いいから、手を止めてこちらへ」

「はいはい、いったいどうしました?」

小夜は怪訝な顔でこちらを覗きこみ、

手を拭いながら居間へと上がってくる。

藍色の着物の裾から白い脛がちらりと見えた。

ほんの少しの所作にも色気が滲み出る。

大人の女とはそういうものだ。

目の前で膝を正す小夜に、

わたしは問うた。

「昨日は出掛けていただろう。誰と会っていたのだ?」

「昨日? 昨日は……、豆腐屋さんと乾物屋さんに行ったきりです」

「豆腐屋の伝七か」

「え? ええ、伝七さんとは世間話を少し……」

「町では噂になっているぞ」

「私が伝七さんと……何かあると言うのですか? ひどい……」

「まぁ、もう二度と伝七と会うことも無いだろうがな」

わたしは胸元から取り出した懐紙で、

血と脂を吸い、ぬらぬらと光る刀身を拭った。

「まさか、あなた……」

「伝七は命乞いをしながら必死に詫びていたぞ。まだ申し訳があるのか?」

「あなただって、散々他の女の人と――」

「小夜。 刀は拭けるが、鞘は拭けぬのだ」

「そんな……」

「お別れだ。今まで世話になった」

俯き嗚咽を漏らす小夜の前で、

わたしは刀の手入れを続けた。

いつしかその磨き抜かれた刀身は、

今宵の月のように、冷たい光を放っていた。











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この記事へのコメント
これは時代物ですか?
会話文の「昨日の午後」「十分程度」、地の文の「扉」など
現代風ですし・・・。
ごめんなさい、ちょっとわかりにくかったです。
細かいところが気になるタイプなんです(^^;
Posted by ia. at 2007年09月30日 02:55
iaさん>
なるほど!読み直すと確かに(汗)
鋭いご指摘ありがとうございます^^
若干手を入れましたが、
やはり時代物は難しいですねぇ。
もっと言葉の勉強をしなくては!(笑)
Posted by レイバック at 2007年09月30日 11:14
途中で小夜さんだからか、なるほどとタイトルを
噛み締めました。

わたくし的には、武士の一分のような下級藩士を
連想させる内容で、十分楽しめました!
Posted by じょぉサマ at 2007年09月30日 15:33
こんにちは。
タイトルが横文字で内容が時代物。またもやギャップをつかいましたね。かわいい顔してナイスバディのアグネス・ラム(古っ)まっつぁおなわたしのようです。おほんおほん。
ちょっとわたしには難しくて読み返してしまいましたが
>「小夜。刀は拭けるが、鞘は拭けぬのだ」
このへんに秘密が隠されているようですね。

小夜は殺されたのではなく別れを言い渡されたんですね。
わたしだったら人が用意した食事を平らげておいてお別れを切り出されたらただじゃおかないなと思ってしまいましたよ。ニヤリ
Posted by つる at 2007年09月30日 19:25
生意気言ってしまって、すみません(^^;
でも、今度のほうがグンといいです!
雰囲気もすごく好きなので、
またこういうの、書いてくださいね。
Posted by ia. at 2007年09月30日 21:24
じょぉサマさん>
タイトルの仕込みに
気付いて頂けたのは
めっちゃ嬉しいです^^
なかなか時代物は難しい!
僕にはちと荷が重かったようです(汗)
懲りずにまた書きますけどねw
Posted by レイバック at 2007年10月01日 00:17
アグネス・ツルさん(笑)>
ナイス解釈ありがとうございます。
読む人によって小夜が斬られるのか、
離婚するのか、捉え方が変わるだろうか?
などと悪戯心で試してみました(笑)

この話は女性が読むと気を悪くされるかな、
と思い。気が気ではありませんでした^^;
Posted by レイバック at 2007年10月01日 00:23
iaさん>
何をおっしゃる!
こういう真摯なツッコミコメントこそ、
僕にとっては宝物です^^
辛口コメはなかなか貰えませんからね。
(皆さんどうも遠慮されるようで・・・)
今後も誤字脱字、おかしな文章など
ガンガン突っ込んでいただけると
ありがたいです。M気質ですし(笑)
また思い付けば書いてみますね☆
Posted by レイバック at 2007年10月01日 00:29
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