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「バントの名手」


「カワイ君のお陰だよ。オレ達が出会えたのも。

こうして結婚することが出来たのも。本当に感謝してるよ」

クロダは隣に座るユキの手を取りながらそう言った。

ユキもクロダの言葉に合わせるように、うんうんと頷いている。

「何言ってるの。僕は何もしてないじゃない。

それに、クロダ君とユキさんは式も入籍もまだ一ヶ月先でしょ。

まったく気が早いんだから」

カワイは柔和な笑顔を見せながら、先走り気味のクロダをからかった。

「いやいや、カワイ君がいなけりゃ、

オレとユキは出会ってさえいなかったんだから。

それにほら、オレがユキに想いを伝えられずにいた時も、

色々と協力してくれただろ? キミのアシストがなきゃ、

そもそも始まってない恋なんだって、な?」

ユキはその頃の事を思い出したのか、

クロダに話を振られても、照れくさそうに頷くだけだ。

「いや、アシストっていうよりも犠打かな?

ユキもオレたちの草野球の試合を観に来て知ってるだろ?

カワイ君のバントの巧い事。さすがバントの名手カワイだよ!

なんてチームのヤツらが喜んでたもんな。

この間の試合なんか、送りバント二つに犠牲フライ二つ、

挙句の果てに五打席目は振り逃げだったからなぁ。

ノーヒットであれだけ活躍するのはカワイ君くらいだよ」

「ねぇクロダ君。それってバカにしてないよね?」

カワイはビールの泡を口の周りに付けながら、楽しげな表情でそう言う。

「そりゃそうだよ。バントにしても犠牲フライにしても、

テレビで見てりゃ簡単そうだけど、実際には難しいからね」

「ありがとう。野球の話はさておき。

二人の幸せそうな顔が見れて僕も嬉しいよ。

少しは役に立てたのかな、って思うとなおさらね。

クロダ君。ユキさん。本当におめでとう!」

カワイはほんのり赤く染まった顔をくしゃくしゃにして、二人を祝福した。

クロダがカワイと出会ったのは半年ほど前。

地元の草野球チームの練習に彼が参加してきた時だった。

細身の身体に乗っかる撫で肩、そして優しそうな垂れ目からは、

想像できないほど、彼のプレーにはキレがあり、

守備もバッティングも小技が利くタイプのプレーヤーだった。

誰もが認める野球の実力や、柔らかな物腰のせいもあり、

カワイはすぐにチームに打ち解けた。

そんな彼が、ある週末に企画した飲み会。と言う名の合コン。

そこでクロダとユキは初めて出会った。

最初はお互いそれほど意識していなかったのだけれど、

二次会のカラオケが終わる頃には、

クロダの方が、ユキの顔から目が離せなくなるくらい急速に、恋に落ちていった。

実はその頃、ユキには別れきれない彼氏がいて、

少し揉めたりもしたのだが、カワイの好アシスト――

いや、ナイスバントだろうか―― のお陰で、

やがて二人は付き合い始めることになったのである。

クロダがカワイに感謝するのは、そういういきさつがあったからだ。


そして一ヵ月後――


結婚式会場で、受付の席に着くカワイが居た。

「カワイさん。どうもスミマセンねぇ。

ウチの息子とユキさんの間を取り持ってくださった上に、

受付係までお願いしてしまって。息子には甘えすぎよって、

叱ったんですが――」

「いえいえ、お母さん。気になさらないで下さい。

僕が何かお二人の役に立ちたかったもので、

自分でやらせてくれって頼んだんですよ。

あ。それより、今日は本当におめでとうございます。

クロダ君とユキさん、お似合いですよね。

僕も自分の事のように嬉しいです。

でも喜んでいるだけじゃなくて、

自分のお嫁さんも早く探さないといけないんですけどね」

「あらあら、カワイさんなら、

いくらでも素敵なお嫁さんが見つかるでしょうに。

今日はユキさんのお友達も沢山見えてるから、

もしかすると、いい出会いがあるかも――

なんて、ほほほほほ」

「ハハハハハ、そうだといいんですけどね。

でも、今日はしっかりと裏方として、お二人のサポートに集中しますよ。

だからお母さんは、どうぞ息子さんの元に行ってあげてください。

そろそろいい時間ですからね」

「あらいけない。ではカワイさんも受付が済んだら会場へ来て、

二人の晴れ姿を見てやってくださいね。あとはよろしくお願いします」

「はい、分かりました。では後ほど」

会場のエントランス付近に居た出席者達も、

ほとんど会場の中に入ったようだ。

やれやれ、いい人の振りも疲れるな。

カワイは辺りに人目が無いのを確認し、

集まった祝儀袋をまとめて紙袋に放り込んだ。

席を立ち、スタスタとその場を後にする。

こういう場合は、迷いや焦りを見せずに、

ごく普通の歩調で立ち去らなければならない。

建物を出て、歩道を駅の方角に向かいながら、

カワイはくすんだ白のネクタイを右手で緩めた。

クロダ君、ユキさん、おめでとう。

どうかお幸せに。

あ。一つ言い忘れてたけど、

オレは送りバントも犠牲フライも得意だが、

一番得意なのはスクイズ。

――squeeze――

つまり「搾り取る」ことなのさ。

脇役を一人失った会場では、

新郎新婦を迎える盛大な拍手が沸き起こっていた。












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この記事へのコメント
あはヾ(@^∇^@)ノ
純粋におかしいですね!
カワイ君、逃げ切れるといいですね
Posted by piroko at 2007年10月24日 14:18
面白かったです!
新郎新婦を気の毒に思うよりも、カワイ君のカッコ良さにシビレマシタ!!
レイバック作品の登場人物は、どれも個性的で素敵だと思います♪
Posted by タケシ at 2007年10月24日 22:15
pirokoさん>
面白かったですか?^^
カワイ君はきっと
次の獲物を探しに行くのでしょう(笑)
Posted by レイバック at 2007年10月24日 22:58
タケシさん>
おお。カワイ君のイメージ。沸きました??
僕の中ではある人物のイメージで
書いていました(マンガの登場人物ですがw)
キャラを褒めてもらえるのは嬉しいですね。
ありがとうございます^^
Posted by レイバック at 2007年10月24日 23:02
面白かったです。
カワイ君、最低ですね(笑)
二塁じゃなく病院に送ってやりたいです。

リンクありがとうございました。
こちらからもリンクさせていただきました!
Posted by 安憧夏 at 2007年10月25日 00:01
安憧夏さん>
ありがとうございます^^
カワイ君。驚異の演技力です。

病院に!
上手く打ち返された!

でも、そのうちムショに
送られる運命でしょう(笑)

早速のリンク返し
ありがとうございます♪
Posted by レイバック at 2007年10月25日 00:13
すぐ捕まるやん……
頭いいのか悪いのかわからんカワイ君(笑)

良い作品、ゴチです。
また、お邪魔します。
Posted by 火群 at 2007年10月26日 01:09
火群さん>
コメントありがとうございます^^
確かに苦しい設定デス・・・(汗)
彼は実は変装が・・・
なんて言ってると
ドツボにハマりそうですね(笑)
Posted by レイバック at 2007年10月26日 21:05
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