「お前もそろそろ嫁見つけなあかんで〜、なあ。
聞いとるんか〜?黒川〜」
「そんなんゆわれんでも分かってますがな。
それより坂手師匠の嫁探しのほうが先ですやろ?
いつまでもこないして僕とクリスマス過ごしててよろしいんでっか?
僕が先に嫁もらったらどないしますのん。
もうクリスマスも正月も独りで過ごさなあかんようになりまっせ。
まぁ正月は仕事が入るやろうけど、
僕らローカル芸人にクリスマスの夜の仕事なんてありませんで。
ちょ、ちょっと師匠、こんなところで寝たらあきません。
師匠、ほらすぐタクシー捕まえますからシャキっとしなはれ」
「おー、なんやあれ。おい黒川、あれなんや?」
もうほんま酔うたらかなんなぁ、この人は。
「何がですのん?ほらしっかり立ちなはれ」
「あれやがなあれ、ほら、あれ見てみぃ」
数メートル先の路上で大学生ぐらいの青年が何かを売っているようだ。
サンタの帽子と衣装を着込んでいる。
「ケーキでも売ってるんとちゃいますか。
でも、もうそんなん食べるハラないでしょ?
さっきも二次会やのに散々アテ食うてましたやん」
「あほ。何言うとるんや。お前が食うんや。
クリスマスにケーキ食わんでどないするねん。
お前そんなことでは立派な芸人になれんど」
「あほ言いなさんな、何の関係がありますねん」
「あほはお前や。芸人にはそういう心も必要なんや。
な、イベントを楽しむ心や。
それができひん内はいつまでたってもひな壇芸人や」
「余計なお世話ですわ。ほら師匠」
崩れ落ちそうになる坂手師匠を支えていると、声をかけられた。
「いらっしゃいませー。さぁどないですかー。
嫁も残りあと僅かですよー。お兄さんどうです?嫁。
そこのお父さんと一緒に。お安くしときますよー」
嫁?
つい声が出た。
「兄ちゃんなんやそれ。その箱の中身、ケーキちゃうんか?」
「ケーキなんてもうとっくに売り切れましたよ。
あとは嫁が二つだけ。ちょうどお兄さんとお父さんの分で終了ですよ。
勉強させてもらいますから。どうぞお土産に買うていってください」
「お土産に、て自分本気で言うてるんか?」
青年の目の色を窺ってみた。
クリっとしていて澄んだ目。
怪しいクスリをやっている気配はない。
「僕の目をよう見てください」
もう見たがな。
「これがウソをつく目に見えますか?」
「いや見えん」
「でしょう?」
「せやけど。嫁てどういう事や。
エプロン着けた小ちゃいロボットでも入ってるんか?」
「そう単純な事ではないんですわ。まぁ一言で言うと嫁ですね」
「なんやそれは」
思わず呆れた。適当な売り子やのぉ。
でも、この話は後々ネタに使えるかもしれんな。
「ほんでなんぼや?それ」
「ほんまは一個千円ですけど、もう最後ですし、
特別に二個で千円に負けさせてもらいますわ」
値段を聞いて腹が決まった。
千円ぐらいなら騙されてもええやろ。
師匠に土産も持たせたかった。
「分かった。ほなもらおか」
俺の肩によりかかっている師匠はもう完全に撃沈模様。
なんせ重い。
師匠を支えるのに難儀しながら、
エビスジーンズのケツポケットから長財布を出し、
青年に千円札を一枚渡した。
「ありがとうございます。ではどうぞ。
あまり揺らさないようにお気をつけて」
手提げ袋を二つ受け取った。
「あ。あと必ず家の中で開けるようにしてくださいね。
それさえ守っていただけたら大丈夫です」
大丈夫てどういうことや?
と言いかけたが、もう面倒臭かった。
「分かった。おおきに兄ちゃん。
さぁ師匠、帰りましょ。坂手師匠」
ちょうど空車のタクシーが通りを走ってきた。
俺たちはやっと帰途に就いた。
実は師匠と俺とは同じマンションなのである。
俺が三階、師匠が七階。
そりゃつるむことも多くなる。
タクシーの中で何度も箱の中を覗きたい誘惑に駆られながら、
俺は師匠の身体を右腕で押さえていた。
気を許すと俺の膝枕で寝そうな勢いだ。
それだけは避けたい。
ここ数年、クリスマスを二人で過ごしているというだけで、
黒川と坂手師匠はなんやええ仲らしいぞ。
等と噂されて辟易しているのだ。
そうこう考えている内に、タクシーがマンションの前に着いた。
「おおきに」
タクシーが走り去ると、師匠の左脇の下に首を入れ、
右手で腰を抱えるように――
あかん。身長差がありすぎる。
ええい。おんぶや。
よっこらせっと。
ふう。重いけどエレベーター乗ったらすぐやからな。
自分に言い聞かせる。
七階の部屋の前に着き、師匠を背中から下ろした。
寝惚ける師匠の耳をつねって、部屋の鍵を出させる。
ドアの隙間から引きずるようにして、師匠を部屋の中に搬入した。
壁際を探りダイニングの明かりを点け、
テーブルの前の椅子に座り込んだ。
あー疲れた。ほんまに疲れた。
師匠は床にへたり込み、
冷蔵庫にもたれかかってボロ雑巾状態だ。
まぁしばらくこのままでええやろ。
それにしてもこの袋を提げながらはキツかったなぁ。
かなり揺らしたけど大丈夫やろか。
それよりも、
そう。
中身や。
テーブルに並べて置いた袋の一つを側に引き寄せ、
中から慎重に箱を取り出した。
何の変哲もない紙の箱。
側面にレンガの様な模様が描いてあり、
上面には赤い屋根と煙突の様な絵が描かれていた。
クリスマスケーキっぽい雰囲気ではある。
ん?
箱の側面にナイロンが貼られた窓があるのだが、
その中で何かが動いたような。
まさかな。
箱の隙間に貼られた丸いシールを剥がし、
(ご丁寧にこのシールにも“嫁”と書いてある)
側面から箱を開けた。
目の前でさっと黒い影が動いた。
え?
テーブルに頬をつき箱の中を覗き込むと、
そこにケーキの姿は無く、奥の右隅に黒い影が張り付いている。
なんや? 手を伸ばすと今度は左隅に影が移動した。
恐ろしいほど俊敏だった。
こ、小人け?
箱を両手で持ち、逆さにして振ってみた。
しばらくは落ちてこなかったものの、
手のひらで何回か箱を叩くと落ちてきた。
そいつはクルリと身体を回転させ、
猫のようにしなやかにテーブルに降り立った。
身長約15p。体重不明。
顔は上半分しか見えていない。
頭まで覆い隠した真っ黒なボディスーツ。
いやボディスーツでもツナギでもない。
これは。
忍者装束かいな?
右手で捕まえようとすると、そいつは素早く後に跳んだ。
「お前、一体何者や?」
「そなたには関係無い」
フルートのように澄んだ声。
女?
という事はくのいちか。
女はトントントンと軽やかにサイドステップすると、
クルクルクルと前方七回転ぐらいの宙返りを見せ、
フローリングの床に降り立った。
そのまま冷蔵庫の前の坂手師匠に、足音も立てずに近付いてゆく。
女は立ち止まり、懐からBB弾の様な玉を取り出した。
止める間もなく、それを床に叩き付けた。
途端に煙が噴き上がる。女の姿が消えた。
近所迷惑やないか。
そんな事を考えたが、音は全く立たなかった。
煙はちょうど冷蔵庫ぐらいの大きさに成長した。
俺はきっとポカンと口を開けていただろう。
数秒後。
消えゆく煙と入れ替わるように、等身大の女性が現れた。
うわっ。
俺は後ろに仰け反り、椅子から転げ落ちそうになった。
黒のワイドパンツに身体にフィットした黒のタートルネック。
切れ長の目にシャープな鼻筋。 美人やないか。
「あなた。こんなところで寝たら風邪を引くわよ」
彼女は屈みこみ、澄んだ声で師匠に声をかけた。
「あ、あんた誰や?」
喋りのプロやのに声が震えとるがな。俺。
「何を言うてるの黒川さん。いつも本当にすみません。
主人を連れて帰ってくださって、どうもありがとうございました」
「よ、嫁?
あ、いや、奥さん・・・・・・、
ほ、ほな、そろそろ僕は失礼しますわ」
慌てて席を立った。
なんや、なんや、この事態は。
頭の中は完全にパニックだった。
撤収や、とりあえず撤収――
「あ。黒川さんお忘れよ。これ、ケーキでしょ?」
師匠の嫁が微笑を浮かべながら、手提げ袋を差し出す。
彼女の目がキラリと光った。
俺は重くも軽くもない袋を片手に師匠の部屋を出た。
酔いは完全に醒めていた。
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ハラハラしましたよ^^;
黒川さんはどうしたんでしょうね?
男なら多分開けると思いますけど(笑)
これって賞味期限はあるんでしょうかね。
そんなつまんないことをふと思っちゃいました。
黒川さんが自分の箱開けたらただのケーキだったら
ショックだろうねぇ(。。;
って思って読んでると。。。
!!!
念願のヨメ、Getされたんですね!(笑)
もう一個の方、気になります。
続きますか?お話。。。!
このあとどうなったのかな?って思っちゃいますね。
2〜3日で愛想尽かして、奥さんが出て行ってしまったりしてね……
こんだけふっといて
話はここからでしょうが〜と
みんな消化不良になっとります。
ささ、イブは早々に切り上げて
続きを書いていただきましょうか。
お〜、クリスマスシーズンにぴったりの
ファンタジー♪
なんや落語っぽいお二人のやんわりな会話が
心地よかったです☆
「猫のようにしなやかにテーブルに降り立った」の一行もなんだかステキ☆
黒川さんの箱には、どんなかわいいお嫁さんが入っているのかな☆
ってことで、第二弾書いてください・・・
眠れません(笑)
メリクリです☆
黒川はどうするでしょうねぇ。この後w
僕の考えでは三つほど選択肢がありますが^^
メリクリです☆
おお、元ネタが分かりました?w
この黒川の箱の中身はなんなんでしょうね?
僕も密かに気になっています^^
メリクリです☆
そうそう!あのお二人のお話を
丸ごと頂いた前半部分でした(笑)
そろそろ嫁を貰わないとですよねー、
でも黒○は彼女が出来たのかな??
続きは・・・ありませんw
メリクリです☆
ありがとうございます。
この続きは読み手に丸投げです(笑)
出会いが出会いだけに儚いかも知れませんねー^^;
メリクリです〜☆
これはここで終わりっすよw
まぁ一種のリドルストーリーだと思ってください。
なーんて手抜きなだけだったり・・・( ´艸`)
この続きを想像してもらえると嬉しいすね。
こんばんは♪メリクリです☆
ありがとうございます。
前半は落語っぽいイメージですね、
会話のリズムがうまく出てると良いのですが^^
黒川はこのあとどうするんでしょうねぇ?
僕もはっきりとは決めていませんでした(笑)
メリクリです☆
かなり思わせぶりな結末でしょ?(笑)
続きは読者の皆様の想像力にお任せします、
僕の予想では・・・・・・( ´艸`)
でも、なんとなくなごみます。
不思議なクリスマスストーリー、とても楽しめました。
ところでリドルストーリーといえば、最近出た「山口雅也の本格ミステリ・アンソロジー」(角川文庫)に名作「女か虎か」が載ってますね。私も、何か書いてみたくなりました。
こんばんは。コメントありがとうございます^^
そうですね、前半ははんなりとした感じで書けたかな。
と思っていますw
こんばんは。ありがとうございます^^
漫才は普通に好きですねー。
昨今の激安芸人達には食傷気味ですが(笑)
「女か虎か」のパロディの「女も虎も」(東野圭吾)も、
結構面白かったですね、なんかのアンソロジーで読んだ記憶がw
のちんかんさんのリドルストーリー期待しています☆
面白かったでーす。
この箱どこに売ってますか?
しかし、賞味期限切らしたら怖ス(笑)
こんばんは。ありがとうございます^^
いちおー関西人なんで地の言葉は書きやすいすねw
この箱は日本橋のコンビニの前で・・・
なんつってw