この写真、なんで大樹君だけジャージ着てるの?
☆ ☆ ☆
夕食後、大樹が学生寮のロビーでひとり、テレビを観ていると、
薄手のダウンジャケットを羽織った央人が2階から下りてきた。
大樹と央人は部屋がとなりどうしの同級生である。
「あれ?央人、出かけるのか?」
「ああ、ちょっとな」
「今日は20時からサッカー中継だぞ」
大樹はジャージ姿でソファーに寝転びながら、首だけ央人の方に向けて言った。
「どうせ今の代表の試合は、つまんねーからいいんだ」
唾でも吐くように央人は返事をする。
確かに央人の言い分も、もっともだ。
最近の日本代表の試合は退屈極まりない。
さらに弱いのだから救いがない。大樹もそう思っていた。
「あ、そう。気をつけてな」
大樹は玄関へ向かう央人を目線だけで見送って、再びテレビの方へ意識を戻した。
今度は背後でバタバタバタと階段を駆け下りてくる者がいる。この音は――
「雅史、うるせーぞ。静かにしろよ、テレビの音が聞こえないだろ」
大樹はソファーに寝たまま、後ろを振り返りもせずに音の主を注意した。
「聞こえないって、お前今見てるのCMじゃん」
このこもったような声はやはり雅史だ。メタボリックな腹をしてるくせに、
妙に動きが軽やかで、いつも廊下や階段をバタバタと走る、落ち着きのないおデブちゃんだ。
「CMだってオレはちゃんと観てるんだよ」
大樹は屁理屈を口にしながら振り返った。
雅史は、いつものゆったりとしたジャージ姿ではなく、
ジーンズを穿き、緑色のアノラックを着込んでいた。
「何だよ、お前も出かけるんだ?」
「うん、ちょっと飲みに行ってくる」
雅史は少し気まずそうに答えた。
「あ、そう」
今日、サッカーがあるんだぜ。
大樹はそう言いかけて飲み込んだ。
きっと「今の代表はつまんないじゃん」そう返ってくるだろう。
雅史ときたらサッカーに詳しくもないくせに。
「気をつけてな、門限破るなよ」
大学生とはいえ、寮に住むかぎり門限はある。
この男子寮の場合、それは23時だった。
別に事細かに監視されているわけではないが、
あまり騒ぎながら帰ってきたりすると――
「コラ!」 ほら。
「山崎雅史っ!階段は静かに降りなさい!」 こうなる。
逃げるようにして出て行った雅史の背中に、
雷を落としたのは寮母のナカツカさん。
60代で独り身の彼女は、住み込みで、この寮の管理をしてくれている。
雅史の立てた地響きに驚いて、部屋から出てきたのだろう。
「あら、今日は一人?淋しいね」
ナカツカさんはそのままロビーに入ってきた。
「淋しくなんかないですよ。あいつら居てもうるさいだけだし」
大樹がソファーの上に座りなおして、ナカツカさんと世間話を続けている間にも、
寮の友人達は次々と外へ出てゆく。なんだかおかしな雰囲気だった。
「あんたは行かなくていいの?もう残ってるのあんた一人だけよ」
ナカツカさんが声のトーンを落として大樹に尋ねた。指はロビー入口の壁を差している。
壁に掛けられた横長のコルクボードには、プラスチック製の名札が並んでおり、
夜に外出する者は、それを裏返して出て行く決まりになっていた。
現在、表を向いている札は、【沢村大樹】その一枚だけだった。
「まさかイジメられたりしてないわよね。村八分とか……」
「村八分って。いまどき使わないですよ」 思わず苦笑する。
「それに中学生じゃないんですから、いまさらイジメなんてありえないです」
「そう?ならいいけど。でもね、あれよ、友達は大事にしなきゃダメよ」
「それはそうですね」
大樹が謙虚に返事をしたのには訳がある。
先週、先々週と誘われた飲み会を連続で断っていたからだ。
せっかく誘ってくれてるのに申し訳ない。そういう気持ちもあった。
実家からの仕送りがまったくない大樹の懐はいつも厳しかった。
だから寮の中だけではなく、学内やバイト先で誘われても、飲み会に参加することは少なかった。
いちいち説明はしていないので、付き合いの悪いヤツだと思われているのかもしれない。
――あいつら、用事だとかなんだとか言っといて、
ひょっとすると、みんなで飲みに行ったのかな……
大樹は、あまり団体行動が好きなタイプでは無かったが、
声すらかけてもらえなくなったのかと思うと、さすがに少し淋しい気分になった。
ナカツカさんは急に仕事を思い出したと言い、大樹を一人ロビーに残して部屋に戻った。
大樹は再びテレビに目を向けた。だが一向に試合は始まらない。
画面の中ではアイドルグループを卒業した女性歌手が下手くそな国家斉唱を披露している。
代表の選手達の中で一緒に君が代を歌っている者は一人も居なかった。
いや、唯一、日本に帰化したブラジル人選手だけが歌っていた。奇妙な光景だった。
さぁキックオフだ。
そこで携帯が鳴った。
「はい」
『あー大樹?』 さっき出て行ったはずの央人だ。
『ちょっと悪いんだけど、忘れ物しちゃってさ。
俺の部屋からデジタルビデオ取ってきてくれない?で、寮の玄関まで持ってきてよ』
「は?自分で取りに行けばいいじゃん」
『いや、今日俺、編み上げのブーツなんだよ。
両足の靴紐ほどいて、また結んでってやってられねーもん』
「なんだよそれ」 つっけんどんな言い方になる。
なんと自分勝手な言い分だ。大樹は苛立ちを隠せなかった。
『な、頼む!もうすぐ寮に着くからさ』
「分かったよ」
はぁ、大樹はため息を漏らした。
それがきっかけだったかのようにテレビの画面が切り替わる。
幸いなことにキックオフの前にCMが入った。
大樹はダッシュで2階に駆け上がり(ナカツカさんに怒られない程度にだ)、
鍵のかかっていない央人の部屋のドアを開けた。
デジタルビデオはこたつの上にぽんと投げ出されている。
なんでこんなところに置いといて忘れるかな。ぶつぶつ言いながら部屋を後にした。
――あれ?
大樹が階段を降りようとすると1階は真っ暗だった。電気が消えている。
停電だろうか。いや1階だけ停電という事もないはずだ。
廊下の奥に設置されている自動販売機の明かりがかろうじて届き、なんとか足元は見えた。
大樹はそろそろと1階に下り、ロビーの隣にあるナカツカさんの部屋をノックした。
「ナカツカさーん」
パン!パン!パン!パン!パン!パン!
「うわっ!」
いきなり内側からドアが開き、
大樹の目の前で、破裂音と火花が炸裂した。
「大樹!誕生日おめでとう〜〜〜〜〜!」
「ええっ!?」
明かりが一斉に点けられる。とんでもなく眩しい。
――オレ今日誕生日だっけ。
大樹は自分の誕生日をすっかり忘れていた。
引きつったような笑い方になった。なんとも照れくさかった。
「おお、あ、ありがとう……」
「さ!飲むぞ大樹!」
ナカツカさんの部屋にいつの間にか隠れていた男臭い仲間達が、ぞろぞろと出てくる。
手に手に酒やつまみを持ち、口々にハッピーバースデートゥユーと歌いながら。
合唱隊の最後尾は大きなケーキを両手で持ったナカツカさんだった。
グルだったのか……。何が村八分だ。ふわりと大樹の全身の力が抜けた。
「友達は大事にしなきゃね」
ナカツカさんは、両手が塞がっていたからか、
大樹に向けて、やりなれないウインクをした。ちょいとキモかった。
サプライズな誕生日会は異様な盛り上がりを見せ、夜遅くまで続いた。
とは行っても23時までだが――
☆ ☆ ☆
――あれは嬉しかったなぁ。
「その直後にロビーで撮った記念写真がこれ。オレの顔引きつってる?
みんな、外へ飲みに行く振りをして、実は……ってヤツだね。
そう、真ん中のオレの周りでふざけて写ってるのが、今からここに集まるやつらだよ。
とにかく、まず一番にキミの事は紹介しておかないとね、後で何言われるか……」
洋風居酒屋の個室に近付いてくるガヤガヤとしたざわめき。
大樹は学生時代の顔に戻って、仲間達を出迎えた。
「おー!大樹久しぶり!セッティングまかせて悪かったな」
スーツ姿も板についた央人のばかでかい声が部屋に響く。
今日は雅史の誕生日だった。
サプライズ演出の幹事は持ち回りでまわってくる、今回は大樹の番だ。
大樹は最近付き合い始めた彼女を仲間達に紹介し、手荒い祝福を受けた。
彼女と二人して小突かれながら、ふと思い出す。
――ナカツカさん元気にしてるかな。オレ大事にしてるよ、友達。
サプライズ企画は成功し、パーティは終電間際まで続いた。
だって、今の彼らに、門限はないのだから。
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柱| ̄m ̄) ウププッ
感動の話なのに全てここへ持っていかれました。
ナカツカさん好い人だ。
サッカーの試合も絡めてあるし(ポイントUP)、賄いつき下宿のオバサン願望があるわたしにとって、こういうのは好きだなそれと、はじめの一行がラストにかかっていて効果的だと思いました。
>いちいち説明はしていないので云々
1番好きなのはココかな。ここから主人公にぐっと肩入れしちゃいました。
こんばんは。
ええ!そこですか!?(笑)
でもウインクがちょっとキモイ人っていますよね。
え?ええ、僕もそうかも知れません……ヾ(´▽`;)
第二のナカツカさん>
こんばんは。
>賄いつき下宿のオバサン願望
髪の毛をひっつめてエプロンをした北川景子( ´艸`)
は。また勝手に脳内変換してしまった!
主人公を気に入ってもらってサンクスです。
いつも人物が描けてないからそう言ってもらえると嬉しいです。
(今回もダメだけどねw)
それにしても、この長さのお話で最後に息切れしちゃう俺って。
やっぱ向いてないんですかねぇ。
悩める年頃ですわ(笑)
>向いてない・・・
いえいえとんでもない!
いつも楽しませていただいてますよ〜
次も楽しみにしてますっ(^^♪
ナカツカさんでしょうか?
どんなにか感激したでしょうね。
だからこそ今のつながりがあるんですもんね。
男同士ってさらにいいですよね。
女子の方が冷めてるかも。
もう少し長く読みたい気分です。
私もナカツカさんのウインクシーンが一番心に残りました(笑)
こんばんは。ありがとうございます^^
なかなかネタがありませんが、
がんばって更新しますからね〜☆
舞さん>
こんばんは^^
これは男子諸君が考えたんでしょうねー(笑)
この場合首謀者は央人だったと思われます。
女子はこういうノリってないのだろうか??
iaさん>
こんばんは^^
まじですか?そう言ってもらえると嬉しいな。
もっとがんばって書くようにします(笑)
どうもいつも最後の方がグダグダになるんだよなー
ナカツカさん大人気w
頂いていました。
このお話、すっごく好きです!!
ステキです!!!
これからも楽しみにしています。
こんばんは。
ありがとうございます。めっちゃ嬉しいです^^
これからもないネタを絞り出しつつ更新してまいりますので、
どうぞよろしくお願いしますね☆
どこがと言われたら困るくらい、全体的にいい雰囲気でした。
青くさい系(笑)の話は、難しくて、なんだか勉強になりました。
こんばんは。
ありがとうございます^^
ちょっと青臭くて恥ずかしいくらいの展開ですが……
まぁ、たまにはいいですよね(笑)
何気ないエピソードたちが。。
こういうの 青春ていうのかなぁ。。。
「――ナカツカさん元気にしてるかな。オレ大事にしてるよ、友達。」
いいなー、ここ。。。☆
ども☆
これは気恥ずかしいくらいのお話でしたね(笑)
でも青春時代の話は書いてても楽しいです。
学生時代の頃を思い出しちゃいました^^
そんな時代も、昔々に有った人たちも
いるらしいですね
今の時代、平成も次の元号(というのだそうだ)に
変わろうとする時代…
時、季節は流れ、、、そして、また時、季節は流れ
永遠は繰り返される
時、時代の流れに逆らうのは無駄で愚かな行為
自然体で流されればいいのです
何も残らなくても仕方ないのです
だって人間だもの byみつを(またか!苦笑)