ベッドの隣で座りこむわたし。カーテンの隙間から西日。どんよりと跳ね返る。さくり。皮と果肉のあいだに刃先がすべりこむ音が病室に響きわたしはその音の余韻を味わいながらいったい今日何個目の林檎を剥いているのだろうかとみずからにたずね答えを聞かぬまま親指の腹で林檎の皮をたぐりよせつつ果物ナイフをすすすと前へ押し進めてゆくのだが、その切れ味の鈍った刃先が強情なまでに赤い林檎の皮とひどくみずみずしい果肉のあいだに挟まれ一向に進んでゆかぬので、思いのほか手に力が入ったのであろうか、およそ七分目まで剥きおえていた林檎の皮はわたしの思いを拒絶するかのようにはらりと病室の床に落ち、滑らかだった湖面にひとつ小さな波を立てた。わたしはふぅと大きく息を吐き、剥きかけの林檎を剥きかけの林檎の山の上にそっと置き、籐で編んだかごに入れていた新たな林檎をひとつ手に取る。さきほどの林檎よりはやや大ぶりで重いようにも思われる。林檎の皮を見事最後まで途切れることなく剥くことができればこの人は目を覚ましてくれるのであろうか。わたしは誰も答えてはくれぬ問いを自分に投げかけナイフの刃を赤く穢れた皮と張りのある果肉との間にさくりとすべりこませる。まるでひやりと冷えた布団の隙間に身体をすべりこませるときのように。そろりそろりと刃先をすべらせてゆく。すると淫靡で甘い香りが立ちのぼりわたしの鼻腔をくすぐりはじめる。果肉から湧き出てくる蜜がわたしの指をしとしとと濡らしてゆく。わたしは湖面に波を立たせぬように奥へ奥へと刃先をすべらせる。すすす、すすすとすべらせる。彼女は目を覚ますだろうか。彼女は声を上げるだろうか。赤く爛れた皮と熟れた果肉にはさまれながらわたしはナイフを走らせる。すすす、すすすと走らせる。彼女はまだ目を覚まさない。
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主人公が作業を坦々とこなしているだけなのに、その心理が何となく覗けるような不思議な味わいの作品でした。
あまりの改行のなさに、村上龍かと思いましたよ。
>剥きかけの林檎を剥きかけの林檎の山の上にそっと置き
なんかの儀式ですか( ´艸`)
最初は、改行がないのは、
実は書きかけでUPしちゃったのかなって思ったんですが、
なんだか余計に不気味な感じがしておもしろかったです。
改行でこんなになっちゃうんですね〜
いつもと違う雰囲気ですね。
読む人にそれぞれの印象を植え付ける作品に、レイバックさんの実力を垣間見ました。
私もこんな作品が書けたらな↓
わたしが何をしてるかは妄想を逞しくします(´-`).。oO(・・・・・・・・・)
ウチのブログで「オートフィクション」の書評を載せたのと何か関係ありですか??
何やら実験的な雰囲気を感じますね^^
改行のない文章はやはり勢いで読ませることが大切だと思うので、
難しい漢字(林檎とか)や表現は控えめにして、
思いつくまま直感的に文章を書きなぐるくらいの勢いのほうがよいのでは、
と個人的にちょっと思いました。
具体的にどういう文章だよと言われると、ちょっと言葉にしづらいんですが……^^;
なんだか今日のコメントはエラそうですみません(汗)
最後の「すすす、すすすとすべらせる」の辺りは、
文章にリズムが感じられて読みやすかったです!
こんばんは。
そうすね、最近、日本文学を読み直してると、
長い文章が書きたくなっちゃって、
練習がてら書いてみたんですわ(笑)
ミステリアスな雰囲気が出てたら嬉しいです^^
iaさん>
こんばんは。
村上龍ってそんなだっけ?
最近読んでないからなぁ。
昔から文体とかを意識しながら読んでりゃ良かった……
とつくづく思う今日この頃です(笑)
林檎の山怪しいでしょ?^^
naenaさん>
こんばんは。
改行だけでもかなり雰囲気が変わりますよねー。
いつもスカスカの文章を書いてるので、
今回は短くて重たい雰囲気を狙ってみました(笑)
たろすけさん>
こんばんは。
いやー、やりなれないことをしたので、
グダグダでしたが、怪しい雰囲気が出てると嬉しいです。
まだまだ実験ですが色々なスタイルを身に着けたいですよね☆
鯨さん>
こんばんは。
ああ、そういえばshitsumaさんのところで言ってましたね(笑)
これは特に金原ひとみは意識してなかったのですが、
たまには長い文章の練習をしてみようと思って書きなぐりました^^;
おお。隠喩に気付いていただけましたか(笑)
shitsumaさん>
こんばんは。
そうですねまさに実験というか練習してみた感じですね(笑)
最近文学系を齧り読んでいるので、
ちょっと変わった雰囲気のものが書きたくなっちゃって^^;
あーたしかに妙に漢字を使いすぎたかな?
長くなればなるほどリズムよく読ませる工夫が必要ですよね。
うーむ。難しい……。
また怪しげな習作を上げた時はぜひ率直な意見を聞かせて下さい、よろしくお願いします^^
実験的文章でもお上手なのに感嘆いたします。
読んでみようと思いつつ、手にとってみるものの、
京極作品の分厚さに負け、書架に戻すヘタレです(笑)
お褒め頂いてありがとうございます^^
私も語れるほど読んではいないのですが…あくまでイメージで話してしまいましたf^^;
いえ具体的な例を挙げてもらえると、
イメージしやすいのでありがたいですよ。
ぜひ京極作品も読んでみようと思います^^
病的な主人公の 林檎を繰り返しむく描写から
ひんやりした感触が伝って
なぜか透明な印象を受けました。
最初は 本人が病気で入院してるのかと思いましたが、
目を覚まさない家族の看病で精神を病んだのか
殺人のあとの病的な儀式なのか。。。
レイバックさんの才能を改めて感じました。
おお。色々想像していただけたようで嬉しいです。
読み手によってシチュエーションが変わるか?
長い文章を詰めて書くと印象はどうなるのか?
実験してみました。
褒めてくださってありがとうございます^^
ひやりと冷えた布団の隙間に
身体をすべり込ませるときのように
刃先をすべり込ませる
て、おい!
”ナイフ”て何かの象徴だな?
寝ている女体に、すすすとナイフを?
淫靡とかの問題ではない!
下手するとポルノではないか!?
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