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ショートショートとは


 ショートショートとは、いったいどういった小説を指す言葉なのでしょう?

 以前に書いた「ショートショートの書き方」という記事では、前置きとして私自身の意見を述べましたが、今回は先人たちの考えを、いくつか取り上げてみたいと思います。(高井信 著「ショートショートの世界」 “第一章 ショートショートの定義” に多数の作家や評論家の意見が紹介されているので、そこから“ことば”の部分だけを引用させていただきます)


・ロバート・オバーファースト「ショートショートに最も重要な三要素は、・完全なプロット・新鮮なアイデア・意外な結末である」

・リチャード・パーブライト「原稿用紙にして一〜二十枚くらいの物語のなかに閃光の人生をかいまみせながら、新鮮なアイデア、完全なプロット、意外な結末を充足させている作品」

・生島三郎「強いてこだわっているといえば、オチだ。自分自身オチのない稲垣足穂ふうの作品も書いているから、絶対にではないし、ほかの人の書くものを否定したりする気持ちは毛頭ないが、ショート・ショートにはオチが必要ということは考えている」

・都筑道夫「ショートショートというのはね、必ずオチがあるとか、必ず風刺精神があるとか、必ずユーモアがあるというものじゃないことです。なんでもない恋愛スケッチみたいなショート・ショートもあるし、たいへんトリッキーなものもある。ユーモラスなものもある」

・都筑道夫「キザな言い方をすれば、一瞬のフラッシュの中に全人生を描き出す」

・山川方夫「大ざっぱにいって、小説の種類にアミューズメントとショックを与えるのと二つあると思うけれど、僕は、どちらかといえばショート・ショートというのは、ショッカーだと思っているわけです」

・三橋アキラ「結末に大げさなサプライズ・エンディングなどなくても、ショートショートは成立するのだ。大切なのは幕が降りたあとの余韻だろう」

・山口瞳「ショートショートを定義するとなれば、星新一プラスSFもしくは超現実的作風(星さんの作品にはこれが多い)ということになるのではないか」

・阿刀田高「原稿用紙にして十〜二十枚くらいの物語の中に閃光のように人生を垣間見せながら、新鮮なアイデア、完全なプロット、意外な結末の三原則を充足させるもの」


 こうして見てみると、ショートショートの先人たちの中でも、意見は割れていて、はっきりと定義が定まっていたわけではないようですね。

 とは言え、やはり、日本に最初にショートショートを紹介した都筑道夫さんの言葉=「ショートショートというのはね、必ずオチがあるとか、必ず風刺精神があるとか、必ずユーモアがあるというものじゃないことです」(別冊宝石107号“ショート・ショートのすべて”1961年)は、忘れてはならないのではないでしょうか。こと日本においては、オチに囚われるあまり、似たような作品ばかりが生産され続けてきたようにも感じられるからです。

 先日見つけた某2chまとめブログのショートショート関連スレの記事には、こんなコメントが付いていました。

「星新一のせいで日本には碌なショートショートが無い。バリーユアグローとかの方が圧倒的に価値があるわ」

 これは極論ではありますが、オチがあってSF的なものばかりがショートショートとしてもてはやされてきたことに対する、読者からの(苛立ちをともなった)ひとつの意見であるのはたしかです。また、現在の日本のショートショート・シーンの衰退ぶりを見てみれば、このコメントの内容が、それほど的外れなものではないことも、実感できるのではないでしょうか。

 実は、ショートショートの神様と呼ばれた星新一さん自身も、こう言っています。

「私は短篇を書きつづけるのに全力を集中し、外国の作品を原文で読むひまなどなかった。翻訳雑誌がいくつもあって、それを読めばよかったのだ。そのうち都筑道夫さんの編集する『エラリー・クイーン・ミステリ・マガジン』で、ブラウンのごく短いものがいくつか紹介され、こういうものをショートショートと称すると紹介された。たまたま私も短いものを書いており日本におけるショートショート作家とされてしまった。幸か不幸かは、なんともいえない。幸のほうは、それによって日本で一時期、ショートショートの流行があったことである。不幸のほうは、ショートショートはSF的なものとの印象を広めたことである」(「フレドリック・ブラウン傑作集」サンリオSF文庫)

 この言葉を見ると、星新一さん自身も「ショートショート=SF的なもの」という杓子定規な見方には、首を傾げていらしたのかもしれません。

 また、星さんは「オチ」に関しても、こう書かれています。

「実作者の経験からいえば、あっという結末をつけるのは第三者が想像するほどむずかしいことではない。しかし、じわっとしたぶきみさとなると、技法でできるものではなく、内部からにじみ出てくるものがなければ書けないのだ」(城昌幸「のすたるじあ」牧神社76)

 以上のことを踏まえて考えてみると、オチよりもむしろ「余韻」を重視するべきなのではないか? との思いも深まってきます。

 最後に、(蛇足かもしれませんが)今現在の私の主観を述べて、結びにしたいと思います。
 ショートショートとは、原稿用紙にして1〜10枚程度。お話の中のどこかに(導入部でも中間部でも結末部でもよい)、なんらかの「ひねり」や「ねじれ」が生じていて、読後に不思議な余韻が残るもの(当然ジャンルはSFに限らない)。といったところでしょうか。

 読み手としては、そんなもの各人が好きに解釈したらいいじゃないか、というお話に過ぎませんが、
 書き手としては、時には常識や固定観念に縛られずに書いてみることも、大切なのかもしれません。
 










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posted by layback at 21:19
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