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「JP」 「糸電話」 「逆向き」 「締め切り」
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高速道路
男は手を挙げてタクシーをつかまえる。
行き先を告げ、急いでいるので高速を使ってくれ、と運転手に早口で言う。
運転手はスムースなハンドルさばきで混雑する街中を巧みにすり抜け、造作もなく高速道路に入ってゆく。
外は春らしい陽気だった。上着を着ていると暑いくらいだった。
窓からさんさんと差し込む穏やかな日差しに男がまどろんでいると、タクシーはおもむろに上り坂に差し掛かる。
男が夢の入り口付近をさまよっているあいだに、坂の勾配はどんどんときつくなってゆく。
男は自分の身体が次第に後ろに傾いてゆくのを感じる。この高速にこんな急な坂道があっただろうかと夢うつつに思う。
運転手がアクセルをぐっと踏み込んだ。
エンジンは猛々しい唸り声を上げ、四つのタイヤはアスファルトを強かに蹴る。
鞭を打たれたタクシーは、ぐいぐいと坂道を登ってゆく。
いつのまにか高速道路は、ほぼ垂直になっている。
男はもう完全に目を覚ましているが、重力で座席にはりつけにされていて、まるで身動きが取れない。
なんとか首をねじって窓の外を見ると、遙か彼方に旅客機が飛んでいる。
男は頭の中が混乱してしまい、もはや声を発することもできない。
ご心配なく、もうじき着きますからね、と運転手は男を気遣うように言う。
男がルームミラーを見ると、骸骨が笑いかけている。
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家畜
家畜は激怒した。粗悪な餌に、劣悪な環境に。
月のない夜、家畜たちは闇に乗じて牧場から逃げ出した。
我々は楽園を目ざすのだ。
滑り出しこそ意気軒高、解放感に満ち溢れ、足取りも軽かったものの、運動不足で鈍り切った家畜たちの体は、忽ち悲鳴を上げはじめる。
まだ何里も行かぬうちから、お調子者の鶏が、少し休もうよと言い出した。
だめだ。こんなところで休んでいては、すぐに見つかって連れ戻されてしまう。しっかり者の牛が鶏をたしなめる。
しばらく歩くと、今度は一匹の羊が声を上げた。
お腹が空いたよ。
お腹が空いた。お腹が空いた。羊たちの大合唱がはじまる。
これには牛も異論を唱えられなかった。
少し休憩を挟むことになった。
だが誰も餌や水など運んできてはくれない。
ここは荒れた山道だ。そう都合よく水場があるわけもない。当然周りに牧草などもなかった。
牛や羊たちは、情けない思いで、道端に立っている木の皮をかじった。
一方、鶏は自慢のくちばしで地面をほじり、生まれて初めてミミズを食べた。
木の皮もミミズも、驚くほど不味かった。おまけに少しも腹は膨れなかった。
ふたたび歩きはじめたものの、夜が深まるに連れ気温は下がり、疲れ果てた家畜たちは、だんだんと眠くなってくる。足取りもますます重くなってきた。
後続の遅れを見て取った牛が歩みを止める。
いつしか夜空には、丸い月が浮かんでいた。
これはどこかで野営をするしかないか。
美しい月を仰ぎ見ながら牛がそう考えていると、山の奥から狼の遠吠えが聞こえてきた。
途端に臆病者の羊たちは、ぶるぶると震えあがってしまう。
その時だった。突然、眩しい光が闇を切り裂いた。
荒々しい排気音に山の空気がびりびりと震える。
やがて見慣れたトラックのヘッドライトが近づいてきた。
徐々に速度を緩めたトラックは、家畜たちを追い越してから、路肩に停車した。
エンジンが切れ、山に静けさが戻る。
月明かりの中、運転席から牧場主の巨体がのっそりと降りてくる。
カウボーイハットを目深にかぶった牧場主は、何も言わぬまま荷台のフラップを下ろしはじめた。
家畜たちはみな息を詰めながらそれを見守っている。
牧場主はただ黙々とスロープを組み立ててゆく。
家畜たちは互いにちらりと顔を見合わせた。
誰も何も口にすることはなかった。言葉にするまでもなかった。
スロープが完成すると、家畜たちは行儀よく一列に並んで、荷台に登っていった。
家畜を載せたトラックは、ゆらゆらと揺れながら山道を下ってゆく。
お役御免となった月はそっと丸窓を閉める。
残された狼が、悲しげな声で二つ、三つ、吠えた。
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