家畜は激怒した。粗悪な餌に、劣悪な環境に。
月のない夜、家畜たちは闇に乗じて牧場から逃げ出した。
我々は楽園を目ざすのだ。
滑り出しこそ意気軒高、解放感に満ち溢れ、足取りも軽かったものの、運動不足で鈍り切った家畜たちの体は、忽ち悲鳴を上げはじめる。
まだ何里も行かぬうちから、お調子者の鶏が、少し休もうよと言い出した。
だめだ。こんなところで休んでいては、すぐに見つかって連れ戻されてしまう。しっかり者の牛が鶏をたしなめる。
しばらく歩くと、今度は一匹の羊が声を上げた。
お腹が空いたよ。
お腹が空いた。お腹が空いた。羊たちの大合唱がはじまる。
これには牛も異論を唱えられなかった。
少し休憩を挟むことになった。
だが誰も餌や水など運んできてはくれない。
ここは荒れた山道だ。そう都合よく水場があるわけもない。当然周りに牧草などもなかった。
牛や羊たちは、情けない思いで、道端に立っている木の皮をかじった。
一方、鶏は自慢のくちばしで地面をほじり、生まれて初めてミミズを食べた。
木の皮もミミズも、驚くほど不味かった。おまけに少しも腹は膨れなかった。
ふたたび歩きはじめたものの、夜が深まるに連れ気温は下がり、疲れ果てた家畜たちは、だんだんと眠くなってくる。足取りもますます重くなってきた。
後続の遅れを見て取った牛が歩みを止める。
いつしか夜空には、丸い月が浮かんでいた。
これはどこかで野営をするしかないか。
美しい月を仰ぎ見ながら牛がそう考えていると、山の奥から狼の遠吠えが聞こえてきた。
途端に臆病者の羊たちは、ぶるぶると震えあがってしまう。
その時だった。突然、眩しい光が闇を切り裂いた。
荒々しい排気音に山の空気がびりびりと震える。
やがて見慣れたトラックのヘッドライトが近づいてきた。
徐々に速度を緩めたトラックは、家畜たちを追い越してから、路肩に停車した。
エンジンが切れ、山に静けさが戻る。
月明かりの中、運転席から牧場主の巨体がのっそりと降りてくる。
カウボーイハットを目深にかぶった牧場主は、何も言わぬまま荷台のフラップを下ろしはじめた。
家畜たちはみな息を詰めながらそれを見守っている。
牧場主はただ黙々とスロープを組み立ててゆく。
家畜たちは互いにちらりと顔を見合わせた。
誰も何も口にすることはなかった。言葉にするまでもなかった。
スロープが完成すると、家畜たちは行儀よく一列に並んで、荷台に登っていった。
家畜を載せたトラックは、ゆらゆらと揺れながら山道を下ってゆく。
お役御免となった月はそっと丸窓を閉める。
残された狼が、悲しげな声で二つ、三つ、吠えた。
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posted by layback at 22:39
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