おすすめ作品

  「JP」 「糸電話」 「逆向き」 「締め切り」

  ショートショート全作品目次へ


「新外国人」


今シーズンから全面改装され、
最新の設備を備えた東京ドーム。

オープン戦を一週間後に控え、
選手達の動きにも熱が入る。

バッティングケージの後ろではユニフォーム姿の男が二人、
腕組みをしながら練習風景を見守っていた。

空気を震わすような快音が響く。

「やっと、マジレスも調子を上げてきたな」

「ええ、既にパフォーマンス面は絶好調のようですが、
バッティングはまだまだ七割程度の仕上がりだそうですよ。
本人がそう言ってましたから。まったく困ったヤツです。ハハハハハ」

「パフォーマンスも結構だが、彼に期待しているのは、
なんと言っても打点だからな。ピッチを上げてもらわないと。
それはそうと新しい外国人はどうなった?
なにやら契約でゴタゴタしていたようだが……」

「ええと――」

コーチは手許のファイルに目線を落とした。

「はい。ヤツも今日明日中には、日本に着くはずですよ。
アメリカで自主トレを積んでいたようですので、
コンディション的にはそう問題も無いでしょう」

「えらくパワーのあるバッターらしいじゃないか」

「ええ。私も直接は見ていませんが、データで判断する限り、
長打力があって、我がチームにはピッタリの選手でしょう」

「楽しみだね。ん?」

聞きなれない音と微かな振動に監督が気付いた。

「あれは……」

ドームの白い屋根がグググと力強い音を立てながらスライドしてゆく。

「なんだ。とうとうウチも開閉式ドームになったのか。改装さまさまだな」

徐々に太陽の光が屋根の隙間から漏れてくる。
監督は帽子のつばに手をやり、眩しそうに目を細めた。

「やはり今日のように晴れた日は青空の下でするもんですな。野球は」

このコーチも昔の人間。本音では屋外の球場が好きなのだ。

『Hallo!Nice to Meet you!』

突然、滑らかな英語が大音量でグラウンドに響いた。
場内放送のテストだろうか?
試合もない日の練習中だと言うのに。

その場にいた全員が動きを止め、
天井に取り付けられたスピーカーを見上げた。

が、既に屋根は開かれていた。 

巨人の手によって。

湖のように大きく青い二つの目が、

値踏みするようにジャイアンツの選手達を見下ろしている。

「お、おい」

「は、はい、監督」

「新外国人の名前は?」

コーチは慌ててファイルを捲った。

「ガリバー、レミー・ガリバーです。身長190m、体重……」










ショートショート:目次へ





「大吟嬢」


「わたし、どうしてもあの人に振り向いて欲しかったの」

「だからってそんな……」

美味い肴を食わせる日本酒バーで

久々に友人の香織と会ったのだが、

彼女はもう、俺の知っている彼女では無かった。

「整形もしたし、胸だって大きくしたわ。

一流のヘアスタイリストに髪は見てもらってるし、

ネイルだって、洋服だって、

それなのに、それなのにあの人は、

わたしの方を見向きもしなかったわ。

もうこれ以上、どこも磨きようがないじゃない!」

彼女はカウンターを拳で叩いた。

バウンドしたグラスから酒がこぼれる。

おお。俺の大吟醸が……。

「そんなにあいつの事を想っていたのか。

よし、新潟へ行け」

「え? 新潟?」

彼女は驚いて顔を上げた。

「ああ。新潟には世界一の磨き職人が居るのさ。

キミが持ってるipodの鏡面加工があるだろう?

あれだって新潟県燕市の職人が手作業で磨いているんだぜ。

彼らの手にかかれば、きっとキミも――」

俺の言葉に、一瞬、彼女の動きが止まる。

「わたし、行ってみる」

彼女はグラスに残った酒を一気に飲み干した。


  ☆  ☆  ☆


昼夜を問わず、三日三晩。

彼女は磨かれ続けた。

やがて――

彼女のメッキは剥がれた。

「どうしてくれるのよ!」

彼女は職人達の制止を振り払って作業場を飛び出し、

涙を流しながら惚れた男に電話をかけた。

「わたしにはもう何も無いの……」

一ヵ月後。

彼らから招待状が届いた。

どうやら結婚するらしい。

彼曰く。

「彼女の芯は美しい」

なるほど。

新潟の磨き職人の腕は本物だった。













※大吟醸とは日本酒の中で、精米の度合いが特に高いもの。


ショートショート目次へ




×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。