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「ニュータイプ」


「お帰りなさいませ!ご主人様♪」

生まれたての太陽のように眩しい笑顔。
思わずサングラスが欲しくなる。
「うん。ただいま♪」
なんて軽薄な台詞は恥ずかしくてとても言えない。
「どうも」と小さく口にするのが僕には精一杯だった。
セイラちゃんはやっぱりかわいい。
ちゃらちゃらした大学の同級生とは大違いだ。
PCパーツショップの二階にあるメイドカフェ「エルメス」。
アキバに来た時には必ず立ち寄る店だった。

窓辺の二人がけの席に案内され、
僕はいつものようにワッフルセットを頼んだ。
「かしこまりました」
明るく返事をし、くるりと踵を返す彼女。
白いエプロンの裾がひらりと揺れる。
途端。なんとも言えない甘い香りが漂い、頭がくらくらした。

しばらくすると、
セイラちゃんが僕の隣の席にドリンクを運んできた。
そのまま何やら客と会話をしている。
「いいじゃん。ね?教えてよ」
大きな声がした。ちらりと横目で見る。
金髪で太った男が彼女の手首を掴んでいた。
携帯の番号でも訊き出そうと言うのか。
「あ、あのスミマセン、そういう事は禁止されてるんです」
セイラちゃんは身をよじり、振りほどこうとするが、
熊のように毛深い男の手は微動だにしない。
僕は0,8秒ほど迷ったが、勇気を振り絞って声を出した。

「お、おい、やめろよ。彼女、嫌がってるじゃないか」
一瞬。周りの空気が凍りつく。
「なんだオメェ。キモヲタが出しゃばってんじゃねーぞ!」
男は彼女の手を離し、気色ばんで立ち上がった。
「ちょっとお客様!困ります――」
カウンターの奥から、黒いベストを着た店長が飛び出してきた。
いつもは柔らかい表情を見せている店長も、
今日に限っては断固とした口調で男に退店を促した。
「なんだよ。もういいよ。二度と来ねーよ、こんな店」
男は捨て台詞を吐いて店を出て行った。

「お客様大丈夫でしたか?」
「あ。はい、僕は大丈夫です。それより彼女が――」
か細い両手で顔を覆ったままのセイラちゃんは、
店長に連れられてカウンターの奥に消えた。
大丈夫かな。
僕の食欲はまったく減退してしまった。
好物のワッフルを半分ぐらい残して僕は席を立った。

店の入口に向かうと、いつのまにかセイラちゃんがレジに入っていた。
僅かにマスカラの滲んだ目尻が妙に色っぽかった。
「さっきはありがとうございました」
僕は健気に笑顔を見せる彼女から、
レシートとお釣りを一緒に受け取った。
「元気出してね」
僕はそう言い残して店を出た。
階段を下りながら、小銭を財布に仕舞おうとする。
そこである事に気付いた。
レシートが二枚ある。
いや。下の一枚は小さなメモ用紙だった。
“助けていただいてありがとうございました。また来て下さいね♪”
丸っこい文字でそう書かれている。
そしてその下には携帯の番号が――
ある訳ない。
世の中ドラマのように上手くはいかないものだ。


  ☆  ☆  ☆


翌週、再びアキバを訪れた。
まんだらけでボトムズのフィギュアを買い、
ソフマップに向かって歩いていると、いきなり肩を叩かれた。
「こんにちは」
「はい?」
猫耳を着けたメガネ少女。
雪のように真っ白なダウンのコートを着ている。
「わたしです。分かりませんか?」
彼女は鶯色のメガネを取った。
「セイラちゃん?」
「そうでーす。やっと気付いてくれましたね」
彼女はいつものように眩しい笑顔を見せた。
やっぱりサングラスが必要だ。

「メイド姿しか見たこと無かったから分からなかったよ。
今日はお休みだったの?」
「はい。あのー、お名前聞いてもいいですか?」
「あ、僕は小林、小林ハヤト」
「小林さん?それともハヤトくんの方がいいかな」
「うん、呼びやすい方でいいよ」
「じゃハヤトくんで」
にゃはっと笑うとまたカワイイ。
「ハヤトくん、お時間あります?
このあいだ助けていただいたお礼に、今日はご馳走します」
「ええー!? いいよいいよ、そんなの」
「ううん、ご馳走させてください。
今日はバレンタインデーだし。いいお店あるんですよ♪」
小さいけど力強い手にジャンパーの袖とハートを掴まれて、
僕は為す術も無く人混みの中を引きずられていった。


 ☆  ☆  ☆


白のシープスキンブーツを履いたセイラちゃんの足が止まる。
ここがお目当ての店なのかな。僕は顔を上げた。
うなぎ。
藍色の暖簾の左端に白で染め抜かれている。
『なぎ』の部分を、鰻を模した『う』の文字が包み込むようなデザイン。
そんなディテールはどうでもいい。
「鰻。好きですか?」
「うん。好きだよ」
彼女はうんうんと目を細めて頷き、暖簾をくぐる。
カラカラと軽い音を立てて、引き戸を開けた。
いらっしゃいませぇい。と威勢の良い声が降りかかる。

「おう。セイラちゃんいらっしゃい」
「こんにちは。今年も来ちゃいました」
「バレンタインデーだもんな。今年はやっと彼氏連れかい?」
「もう。やだ。オジさんったら」
彼女に袖を引かれたまま、僕らはカウンターの席に着いた。
「わたしの叔父さんなんです」
出されたお茶を僕の手元にスライドさせながら彼女は言った。
僕はアクリルガラスの向こうで微笑む大将に会釈した。
口ひげがよく似合っている。まるで調理帽を被ったランバ・ラル。

「ハヤトくん。この間はほんとうにありがとうございました」
彼女は僕の方に向き直ると、膝の上に両手を置き、ぴょこりと頭を下げた。
「ううん。止めてくれたのは結局店長さんじゃん。僕なんてなにも――」
「ううん、ハヤトくんが声を上げてくれたのが嬉しかったの」
返す言葉が見つからない。うう。リトル気まずい沈黙。

「そうだハヤトくん、ガンダム好きなんですか?」
「え?なんで?」
「ほら、だってそのパーカー」
「ああこれね――」
『百式』
二人の声が重なった。
「セイラちゃんも好きなの?っていうか、
さっき叔父さんもセイラちゃんって呼んでたけど、
もしかして本名なの?」
「あ。するどーい」
カウンターの端を揃えた指先で叩きながらケタケタと笑う。
「ガンダムはわたしも大好きです。
あ。名前はもちろん本名ですよ。ガンダム好きは名前のせいかな?
そういえばハヤトくんの名前もガンダム系ですよね」
「うん。そうなんだ。別にガンタンクは好きじゃないけどね」
「やだー。ガンタンク可哀想〜〜〜」  (※ハヤト・コバヤシはガンタンクのパイロット)

なんだか会話が盛り上がってる気がするような気がするのは気のせいか?
ダメだ。盛り上がってると言うより完全に舞い上がってる。落ち着け。僕。
「百式はかっこいいですよねー。私もTシャツとフィギュア持ってますよ」
「結構スリムでバランスがいいんだよね。色は下品だけど」
この至近距離では恥ずかしくて、彼女の顔はとても見れなかった。
ガラスの内側では大将が手際よく串に打たれた鰻を焼いている。
「でも。アキバで鰻屋さんて不思議な感じだね」
「そうですか?ここ美味しくて有名なんですよ」
串はステンレス製のタレ入れの器に浸けられた。

「これってある意味デートですよね。ホントはあの日、
メルアドを書いて渡そうと思ったんですけど。
さすがに引かれるかなーなんて思っちゃって」
「またまたそんなー」
「ほんとなんですよ!」
ふいに甘ーい香りが漂ってきた。
「あの日以来、ずっとハヤトくんがお店に来てくれるのを待ってて、
なんだかわたし――」
大将が器から串を引き上げると、トロリとした焦げ茶色のタレが滴る。

ん?
トロリ?
鰻は焦げ茶色にコーティングされていた。
まるでチーズフォンデュのように。
「――でも今日会えて良かったー。
ここの“バレンタインデー・スペシャル鰻重”ほんとヤバスなんですよー♪」
バレンタインデースペシャル?
た、大将、そのタレは……
ランバ・ラルは僕の方を見てダンディに微笑んだ。
僕はゴクリと唾を飲み込んだ。

「ね、ねぇセイラちゃん?」

「はい」

「ここの鰻重ってもしかして……、ニュータイプ?」



















   おわり


※セイラ・マス=ガンダムのキャラ。※ハヤト・コバヤシ=同。ガンタンクのパイロット
※ランバ・ラル=同上。 ※百式=金色のモビルスーツ。 
※ニュータイプ=特異な能力を持つ人間(ガンダム用語)

これは「チョコ」「鰻」「ガンダム」の三題で書いたお話でした。

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「キレイズキ」


「あれ? 清川さんじゃないですか」

とある日曜日、私が地下鉄御堂筋線に揺られていると

淀屋橋駅から乗ってきた男に声を掛けられた。

「ああ、近藤さん。こんにちは」

取引先の男だ。

いまいち話が噛み合わない苦手なタイプだった。

くそ。なんで休みの日にまで顔を合わせる……

「今日はお出かけですか?」

「ええ、ちょっと難波まで買い物へ」

電車に乗っているのだからお出かけに決まっているじゃないか。

私は表情に出さないように、笑顔を取り繕った。

「それは奇遇だなぁ。実は私も難波へ行く所なんです」

近藤はそう言いながら、

AIGLEのマークの入ったトートバッグから輪っかを取り出した。

なんだそれは?

私が黙って彼の動きを見ていると、

なんと近藤はその輪っかに通したベルトを、

吊り棚のポールに取り付けるではないか。

「近藤さん。まさかそれ……」

「ええ。マイ吊革です」

マイ吊革?

アホだ。

アホがここにいる。

「はぁ。マイ吊革ですか」

つい気の抜けた返事になった。

「ええ。どうも私はダメなんですよ。人の触れた物は気持ちが悪くて」

そんなに嫌なら電車に乗らなきゃいいじゃないか。

「いつもは車なんですが、ちょっとラジエーターがイカレちゃいまして」

ついでにお前の頭も――

「はぁ。それは災難ですなぁ」

戸惑いながらも話を合わせているうちに、

地下鉄は難波駅に着いた。

改札を抜ける前に、近藤は言う。

「ちょっとトイレに寄りましょうか」

一人で行け。と言いたいところだったが、

ちょうど私も行きたかったから。いいとしよう。

二人並んで気まずい思いをしながらタンクを空にする。

手を洗い、トイレを出ると、

近藤は自慢げにトートバッグの中身を私に見せた。

「こんな物も一応持ち歩いているんですよ。私」

そう言いながら近藤がバッグから覗かせたのは、

U字型のパット。

「マイ便座シートです」

……。

和式でやれよ。

「これはマイスリッパ」

まぁそれぐらいは分かる。

要するに潔癖症なんだな。

しかし見せびらかす事はあるまい。

「どうにも人の手に触れた物は気持ちが悪いのです」

分かった分かった。あとケツと足もだな。

近藤は口中苦虫の死骸だらけになっている私をよそに、

先に改札を通り抜けていた。

マイペースな男だな。

「お。居た居た。おーい」

近藤は誰かに向かって手を振っている。

待ち合わせでもしていたのか。

「ちょっと紹介しますよ」

そう言いながら近藤は、私を一人の女性の前に連れて行った。

「清川さん。これが――。マイワイフです」








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