梅雨時の靴箱の中のようにかび臭い匂いが充満する部屋で、
パソコンのキーボードを叩くカタカタという音だけが響いていた。
しばらくするとその安っぽい音も止み、ため息が一つ落とされた。
修治は父親を振り返った。
「父さん。今調べてみたんだけどね。
やっぱり。AEDを使って心停止を計るのは難しいね。
あの機械。胸にセットした時点で、
自動的に脈拍を計測するらしいんだ。
つまり。心拍を感知した時点で安全装置がかかって、
作動ボタンを押しても電流は流れないって事」
「そうか」
くすんだ灰色の声が返ってきた。
「どうする?」修治は尋ねた。
「お前が考えればいい。私はもう半分この世の人間ではないからな。
まだしばらくは生きなきゃならんお前に全ての選択権がある。
ただ手に入る金は早めに手に入れておいた方がいい。私が言えるのはそれだけだ」
抑揚も無くフラットな音階で吐き出される言葉。
心臓を患っている修治の父親は、もう先が長くないと自覚していた。
AEDを利用した保険金詐欺。
(AED:心室細動を起こした患者に電気ショックを与える機械:自動除細動器)
先ず駅の構内で父親が倒れた振りをする。
隣に居た修治がAEDを使い、父親の心臓を止める。
映画のように完璧なシナリオ。
そう思ったのに。
他にいい方法があるだろうか。
修治は再びノートパソコンのディスプレイに向かった。
ふと、デスクの隅に積み上げられた漫画雑誌の下から
色鮮やかな紙片がはみ出していることに気付いた。
ころりと忘れていた。
修治はどうせと思いながらも検索をかけてみた。
「父さん」
うわずった修治の声に、
ささくれた畳の上に佇む父親は目だけで返事をした。
「あ、当たってるよ、宝くじ。一等だよ」
父親は無表情のまま、
修治の言葉の意味を反芻するように渇いた唇を震わせた。
直後、彼の心臓は動きを止めた。
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