おすすめ作品

  「JP」 「糸電話」 「逆向き」 「締め切り」

  ショートショート全作品目次へ


「ALIVE=DEAD」



梅雨時の靴箱の中のようにかび臭い匂いが充満する部屋で、

パソコンのキーボードを叩くカタカタという音だけが響いていた。

しばらくするとその安っぽい音も止み、ため息が一つ落とされた。

修治は父親を振り返った。

「父さん。今調べてみたんだけどね。

やっぱり。AEDを使って心停止を計るのは難しいね。

あの機械。胸にセットした時点で、

自動的に脈拍を計測するらしいんだ。

つまり。心拍を感知した時点で安全装置がかかって、

作動ボタンを押しても電流は流れないって事」

「そうか」

くすんだ灰色の声が返ってきた。

「どうする?」修治は尋ねた。

「お前が考えればいい。私はもう半分この世の人間ではないからな。

まだしばらくは生きなきゃならんお前に全ての選択権がある。

ただ手に入る金は早めに手に入れておいた方がいい。私が言えるのはそれだけだ」

抑揚も無くフラットな音階で吐き出される言葉。

心臓を患っている修治の父親は、もう先が長くないと自覚していた。

AEDを利用した保険金詐欺。

(AED:心室細動を起こした患者に電気ショックを与える機械:自動除細動器)

先ず駅の構内で父親が倒れた振りをする。

隣に居た修治がAEDを使い、父親の心臓を止める。

映画のように完璧なシナリオ。

そう思ったのに。

他にいい方法があるだろうか。

修治は再びノートパソコンのディスプレイに向かった。

ふと、デスクの隅に積み上げられた漫画雑誌の下から

色鮮やかな紙片がはみ出していることに気付いた。

ころりと忘れていた。

修治はどうせと思いながらも検索をかけてみた。

「父さん」

うわずった修治の声に、

ささくれた畳の上に佇む父親は目だけで返事をした。

「あ、当たってるよ、宝くじ。一等だよ」

父親は無表情のまま、

修治の言葉の意味を反芻するように渇いた唇を震わせた。

直後、彼の心臓は動きを止めた。










ショートショート:目次へ





「ラッキーボーイ」



昨晩、大学時代の後輩から電話があり、

今日、新町駅前のスターバックスで会うことになった。

電話では詳しく話さなかったが、何やら相談があるという。

仕事を終え、待ち合わせ時間の15分ほど前に店に着いた俺は、

メニューを見て、本日のコーヒーを頼んだ。

これが一番安い。

しかも100円でお代わりができる。

意外に知られていない利点。

「ホットとアイスがありますが」

地味な顔の女性店員が地味な声で訊き返した。

ホットに決まってるじゃないか。

外では雪がチラついてるんだぜ。

危うく声に出してそう言いかけたが、

理性が口にブレーキをかけてくれた。

「ホットでお願いします」

俺がにこやかにそう言うと彼女は分かりましたと笑顔を返した。

『キミ笑うとかわいいね。普段は地味――』

おっと。危ない。これは全文削除だ。

どうも俺は一言多いようだ。

なみなみとコーヒーが注がれたカップを受け取った。

今日はミルクは入れないでおこう。

砂糖も必要ない。

BGMにチェットベイカーの甘い歌声が流れていた。

店の奥に目をやった。ラッキーな事にシングルソファの席が空いている。

俺は壁際の方の席に深く腰掛け、鞄から取り出した文庫本を開いた。

コントのような掛け合いばかりで、

まるで事件を解決しない探偵コンビにイラつきながら

しばらくの間ページを捲っていると、頭上に声がかけられた。

「先輩」

俺は文庫本から顔を上げた。

目の前で紺色のコート姿の後輩が白い歯を見せて立っていた。

「おお、西村。久しぶりだな。まぁ座れよ」

「先に飲み物を買ってきますね」

西村は短く刈った頭を下げると、

鞄と柔和な笑顔を席に残してレジへと向かった。

「お待たせしました」

ショートサイズの飲み物を手にした西村が戻ってきた。

「おう。いいから座れ座れ。なんだそれは本日のコーヒーか?」

「いえキャラメルマキアートです」

「なんだお前は。オンナか!」

「相変わらずですね。先輩は」

西村は苦笑しながらコートを脱ぎ、ソファに腰掛けた。

「元気にしてたか?お前から電話なんて珍しいから驚いたよ」

「すみません。急に呼び出してしまって」

「いいんだよ。今日は合コンもない日だしな」

俺はそう言ってコーヒーを啜った。

「実は相談なんですが――」

西村は顔をきゅっと引き締め、話し出した。

 *  *  *

「なるほどなぁ。お前惜しいことしたなぁ。

チャンスの神様に後ろ髪は無いってやつか。

そんな美味しい話はなかなかないぜ。

でも俺の所に持ってこられてもなぁ。

今の所、投資には全く興味がないんだよ。

すまんが、今回は力になれないな」

「そうですか・・・・・・」

西村は顔を曇らせた。

「分かりました。先輩、今日はありがとうございました。

僕、次の約束がありますのでこれで失礼します。

お時間を取らせてすみませんでした」

「あ、ああ。悪かったな。また電話しろよな。今度はメシ奢るから」

「はい。ありがとうございます」

立ち上がった西村は丁寧に頭を下げた。

「ではまた」

背中を向けた西村の後頭部は、

小さな円形に禿げていた。










ショートショート:目次へ




×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。