夕日に照らされた古い木造アパートの戸口で、
優介は立ち尽くしていた。
あの日以来昼夜を問わず、
忌わしい記憶と答えの出ない疑問が
優介の頭の中を支配し続けている。
あれは放火だったのか?
それとも――
「妹尾さん?」
優介は我に返った。
「実は、これなんです」
彼女はバッグから一枚の画用紙を取り出していた。
「それは?」
優介が尋ねると、彼女は優しく丸めた紙を自らの胸に当てた。
「正直言って、これを妹尾さんにお渡ししていいのか迷いました。
私の胸の内だけに留めておくべきなのかも知れない。
でも、これが優花ちゃんからお父さんに向けた
最後の言葉だとしたら・・・・・・
やはりお渡ししておかなければと思い、今日伺ったんです。
内容は私しか知りませんし、園内の誰にも相談していません。
遅くなって本当に申し訳ありませんでした」
彼女は一つ一つの言葉を噛み締めるようにそう言った。
「これは丁度、あの日の前日に優花ちゃんが書いたものです。
父の日にそれぞれが持ち帰り、お父さんに渡す予定でした。
それが私の手で渡す事になってしまって、本当に――」
最後は言葉になっていなかった。
彼女は化粧が乱れるのも気にせず手の甲で目元を拭った。
優介は黙ったまま画用紙を受け取った。
広げた画用紙の一番上には、
優介の顔が鮮やかな色彩で描かれていた。
だいすきなパパへ
ゆうかはパパがだいすきです
パパはいつもゆうかをだっこしてくれます
パパはゆうかにたくさんおはなししてくれます
いまはおみせがいそがしいからあそんでくれないけど
ずっとまえゆうかとママとパパでどうぶつえんにいきました
ママのおべんとうがおいしかたです
パパとママとまたどうぶつえんにいけるかな
ゆうかはまたいきたいです
おみせがなくなったらパパつかれないかな
またゆうかとたくさんあそんでくれるかな
パパいつもありがとう
ゆうかはパパがだいすきです
せのおゆうか
ぽとりと落ちた雫で文字が滲む。
優介は画用紙の上に顔を埋め、がくりとその場に崩れ落ちた。
了
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