優介はむずかる優花をなだめ、二階へ上がらせた。
柱に掛けた時計をチラリと見る。
そろそろ着替えて用意をしなければ。
まな板の上を手早く片付けた。
今夜の会合は19時からだから、あと1時間。
風呂で汗を流し、着替えて一服。
それで丁度いい時間になるだろう。
町の公民館までは自転車で10分足らずだった。
* * *
焦げ茶色のジャケット姿に着替えた優介が一階に下りると、
優花が追いかけるように階段を駆け下りて来た。
「パパー、いっちゃヤダよぉ」
首を横に振りながら優介の足にまとわりついてくる。
「何言ってるの優花。すぐ帰ってくるよ」
「ヤダよぉ」
なぜか泣きべそをかいている。
いつもはこんなにグズることもないのに。
「パパがカギを閉めていくからね、
絶対に人が来ても開けちゃダメだよ。
ママにも言ってあるけど、
もし何かあったらパパの携帯に電話しなさい。
さっき教えたから分かるよね?」
「うん、うん、ひっく」
パンツの後ポケットから取り出したハンカチで
涙のこぼれた目元を拭ってやった。
「優花、パパ早く帰ってくるから。先に寝てるんだよ?」
「うん・・・・・・」
優介は娘の頭をするりと撫でてやると、
最後にウインクを残して店の外へ出た。
引き戸を施錠し何度も確認する。
よし。
納得した優介は店の脇に置いた自転車に跨り、
燃えるような夕焼けに向かってペダルを漕ぎ出した。
一人で店を見るようになってからは、
ほとんど娘の相手もしてやれていなかった。
今が一番親にかまって欲しいと思う年頃だろうに。
さっきの泣き顔を思い出すと胸が苦しくなった。
遠くの空を染める夕焼けが色を失いかけている。
やがて薄汚れた公民館の建物が見えてきた。
隣接する駐輪場に自転車を止め、
優介は建物の中へと入っていった。
案の定、大して中身の無い会合は1時間程で終わり、
近くの鍋料理の店での親睦会へなだれこんだ。
よっぽど欠席しようかとも考えたのだが、
年配の者の誘いを断ることが出来なかった。
酒が目の前の杯に次々と注がれる。
優介は決して酒に強い方ではない。
だが不思議とこの日は酔いが回らなかった。
妙に胸がざわついて、料理にも会話にも集中できない。
杯を置き、腕時計を見ると既に21時半だった。
そろそろ帰らないと――
座布団の脇に畳んでおいたジャケットに手を伸ばし、
優介が席を立とうとしたその時、
窓際の席に座っていた幹事の男が右手を挙げ、周りの会話を制した。
「おい、ちょっとみんな静かに!」
「夕焼け」5へ続く
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