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「夕焼け」4


優介はむずかる優花をなだめ、二階へ上がらせた。

柱に掛けた時計をチラリと見る。

そろそろ着替えて用意をしなければ。

まな板の上を手早く片付けた。

今夜の会合は19時からだから、あと1時間。

風呂で汗を流し、着替えて一服。

それで丁度いい時間になるだろう。

町の公民館までは自転車で10分足らずだった。


 *  *  *


焦げ茶色のジャケット姿に着替えた優介が一階に下りると、

優花が追いかけるように階段を駆け下りて来た。

「パパー、いっちゃヤダよぉ」

首を横に振りながら優介の足にまとわりついてくる。

「何言ってるの優花。すぐ帰ってくるよ」

「ヤダよぉ」

なぜか泣きべそをかいている。

いつもはこんなにグズることもないのに。

「パパがカギを閉めていくからね、

絶対に人が来ても開けちゃダメだよ。

ママにも言ってあるけど、

もし何かあったらパパの携帯に電話しなさい。

さっき教えたから分かるよね?」

「うん、うん、ひっく」

パンツの後ポケットから取り出したハンカチで

涙のこぼれた目元を拭ってやった。

「優花、パパ早く帰ってくるから。先に寝てるんだよ?」

「うん・・・・・・」

優介は娘の頭をするりと撫でてやると、

最後にウインクを残して店の外へ出た。

引き戸を施錠し何度も確認する。

よし。

納得した優介は店の脇に置いた自転車に跨り、

燃えるような夕焼けに向かってペダルを漕ぎ出した。

一人で店を見るようになってからは、

ほとんど娘の相手もしてやれていなかった。

今が一番親にかまって欲しいと思う年頃だろうに。

さっきの泣き顔を思い出すと胸が苦しくなった。

遠くの空を染める夕焼けが色を失いかけている。

やがて薄汚れた公民館の建物が見えてきた。

隣接する駐輪場に自転車を止め、

優介は建物の中へと入っていった。

案の定、大して中身の無い会合は1時間程で終わり、

近くの鍋料理の店での親睦会へなだれこんだ。

よっぽど欠席しようかとも考えたのだが、

年配の者の誘いを断ることが出来なかった。

酒が目の前の杯に次々と注がれる。

優介は決して酒に強い方ではない。

だが不思議とこの日は酔いが回らなかった。

妙に胸がざわついて、料理にも会話にも集中できない。

杯を置き、腕時計を見ると既に21時半だった。

そろそろ帰らないと――

座布団の脇に畳んでおいたジャケットに手を伸ばし、

優介が席を立とうとしたその時、

窓際の席に座っていた幹事の男が右手を挙げ、周りの会話を制した。

「おい、ちょっとみんな静かに!」














 「夕焼け」5へ続く


posted by layback at 02:07
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「夕焼け」3


さぁ早く仕込みを済まさなくては。

今日は町内の商店主が集まる会合に出席しなければならなかった。

さして内容の無い会合の後は当然、親睦会という名の飲み会。

せっかく夜の営業を休んでも、

飲みたくもない酒を飲まされるのでは身体が休まる訳もない。

大きく長いため息をつき、優介はやりかけた作業に戻った。


トントントントントン


まな板を叩く包丁の音とシンクロするように、

店の奥の階段から足音が聞こえてくる。

降りてきたな。

優介はわざと素知らぬ振りをして切り物を続けた。

「もぉー!パパー」

優花が裸足のまま厨房の中の優介に抱き付いてきた。

「こら優花、ちゃんとクツ履かなきゃダメ」

「いいのー」

彼女は既に優介の太腿に腕を絡ませている。

「よく無いのー。ほらパパまだお仕事中だから、

二階でお絵描きでもしてなさい」

「やだー」

「やだじゃ無いのー。ね?いい子だから」

「だってママもあそんでくれないんだもん」

「ママ起きてるでしょ?」

「おきてるけどなにもおはなししないよ」

「そうか・・・・・・」

優介の妻の礼子は今年に入り体調を崩していた。

身体の不調というよりは精神が不安定な状態だ。

店の仕事を続けながら育児をこなすという事で、

ストレスが溜まっていたのかもしれない。

徐々に塞ぎがちになり、

豊かだった表情の引き出しから笑顔が消えた。

今ではほぼ一日中部屋に篭っている事が多い。

優介自身も一人で店を切り回すのに必死で、

なかなか礼子を病院に連れて行くことも出来なかった。

二人で始めた店の経営が軌道に乗り、やがて優花が生まれ、

結婚して以来、順調に回り続けてきたはずの幸せの歯車が、

いつのまにかギシギシと音を立てて壊れようとしている。

なんとかしなければ――

優介は包丁を持つ手を止め、足元にまとわりつく優花を抱き上げた。

「優花ぁー、言う事聞かないとパパ怒るぞぉー」

「キャー」

まだ幼い優花に悲しい思いをさせる訳にはいかない。

優介は娘の重みを両腕に感じながら、そう心の中で呟いた。








 




 「夕焼け」に続く






posted by layback at 00:42
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