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「夕焼け」2


優介はぼんやりと彼女の手元を見つめていた。

鞄から現れたのは一枚の白い紙。

どこかで見た光景。

これは、あの日と同じじゃないか。

忌まわしい長い一日の記憶が蘇った。



優介が自ら経営するラーメン店で、

翌日の仕込みをしていた時の事だった。

ピンポーン

一階は店舗、二階は自宅として借りている為、

店先には一応呼鈴が付いている。

滅多に鳴る事は無いのだが、この日は珍しくそれが鳴った。

「はぁーい」

いつものクセで大声を上げ、優介は包丁を持つ手を止めた。

ザッと布巾で手を拭い、カウンターの外に出た。

カギの掛けていない入口の引き戸を開けると、

外には制服姿の警官が二人並んで立っていた。

ノッポと小太り。ありがちなコンビ。

「どうも、あかつき町の交番の者です」

ひょろりと背の高い方が口を開いた。

まだ若い。おそらく二十代後半か。

「お仕事中でしたか。お忙しい所、誠に申し訳ない」

ノッポの隣で小太りの方が頭を下げた。

こちらは四十手前。人の良さそうな顔をしている。

「いえ、のんびり仕込みをしていただけなんで大丈夫ですよ」

優介は手を振りながら答えた。

「ところで何か?」

「今日はこれを持ってきましてね――」

ノッポの方が小脇に挟んだ書類入れから、

ごそごそと一枚の紙を取り出した。

ほぼB4サイズの白い紙。

年配の男が再び口を開いた。

「もうご存知だとは思いますが、

この辺りで最近、不審火が何件も発生しています。

消防の調査によると、どうも放火らしいのです」

「ああ、そう言えば最近サイレンがよく鳴ってますね」

優介は腕組みをして頷いた。

「ええ、今の所幸いボヤ程度で済んでいますが、

これ以上被害を出すわけにはいきません。

そこで注意を促すビラを配り歩いている訳です」

「それはご苦労様です」

優介はビラを受け取りながら相槌を打った。

「そちらにも書いてありますが、くれぐれも店先に燃えやすい物、

新聞紙やゴミの類を置いたままにしないように注意してください。

それから、もし不審人物を見かけたら、警察までご一報お願いします」

「分かりました。どうもご苦労様でした」

自転車を押しながら隣家に向かう二人を見送ると、

優介は後手に引き戸を閉めた。

ふわぁぁ

思わずあくびが出る。

このところ疲れがまったくとれなかった。

肩こりや腰痛もひどい。

妻の礼子が体調を崩してからというもの、

朝から晩まで働きづめの毎日だった。

二人でこなしていた店の仕事を一人でやるのだから疲れるのも当然だ。

今の売り上げではアルバイトを雇うような余裕も無い。

優介の疲労は頂点に達していた。













「夕焼け」3へ続く。




posted by layback at 00:56
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「夕焼け」



エホッエホッ

優介は数回咳き込んで目を覚ました。

なんだこの喉の痛みは。

壁に掛けられた時計の針は夕方の6時を指している。

ゴホッゴホッ

再び咳き込んだ。

部屋の空気が煙たい。

換気の為に開けていた窓の隙間から煙が入ってくるようだ。

近くの畑で刈り取った草でも焼いているのかもしれない。

普通の人なら気にならない程度の煙でも、身体が敏感に反応してしまう。

そう、あれ以来だ。

窓を閉めようと立ち上がりかけたところで呼鈴が鳴った。

とりあえず窓を閉めにゆく。

再び木造のアパートに安っぽい音が響いた。

どうせ新聞の勧誘だろう。

優介は億劫に思いながら玄関に向かった。

「はい、どちらさま?」

ドアを開けると思いもかけない顔が。

「あ、お休み中でしたか? すみません。

電話が通じなかったので・・・・・・、

突然お伺いして申し訳ありません」

目の前の女性はそう言って頭を下げた。

「ん? ああ、先生」

優花の幼稚園の先生だ、名前は思い出せなかった。

彼女は優介の顔や身なりを見て驚いているようだ。

よれよれのスエット上下に伸び放題の髭。

数日間風呂に入っていない為、髪は脂ぎっていたし、

自分ではあまり気付かないが臭いもしていた筈だ、

驚くなというのが無理な話だろう。

「先生、先日はありがとうございました。

それで今日はどうされました?」

優介は軽く頭を下げながらそう言った。

「妹尾さん、実は――」

彼女は右肩から下げた黒革のバッグに手を伸ばし、

何かを取り出そうとしていた。












夕焼けAへ続く。


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