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「胸の痛み」



夢か。

真冬なのにじっとりと汗ばんでいた。

また忌まわしい記憶が蘇った。

意識の奥底に仕舞いこもうとするのだが、

この時期になると、夢に形を変えて出てくるのだ、

あの時の記憶が。

カチャリカチャリと金属の触れ合う音。

シンプルな単語で交わされるくぐもった声。

それらの音がオレの意識の目を開いた。

天井にオレが張り付いている。

オレの身体が。

人工呼吸器のようなチューブに繋がれ、

上半身裸の状態で。

天井に足を付け、逆さまにぶら下がっている医師達。

いや。逆か。

オレが天井に張り付いているのか?

オレの意識が。

幽体離脱している状態のようだ。

目を瞑り手術台に横たわっているオレの身体。

その周りに立つ医師達は、

必死に治療してくれているのだな。

ありがたい。

頼むからオレの肉体を蘇らせてくれ。

そしてオレの意識を元に戻してくれ。

祈るような思いで手術の様子を見ていた。

胸にヒヤリとした金属の感触。

チクリ。

不思議と意識が離れていても肉体の感覚は残っていた。

針を刺すような痛みが一気に灼熱に変わる。

い、痛ぇぇぇぇぇぇえぇえぇえええっ!

こ、こいつら麻酔、麻酔してんのか!?

おい!どうなんだ!?

オレの叫びは声にならず、

意識は天井に張り付いたままだった。

無論。肉体はピクリとも動かない。

おい、まさか。

胸の部分を触ろうとするが、

オレの意識には手も胸も無かった。

そこには、ただ思念があるだけ。

だが痛みは確実にそこに存在した。

炎の大蛇が胸の中をのた打ち回る。

オレの肉体の胸は切り裂かれ、

手際の良い医師達の手によって、

オレの心臓は取り出された。

オレの命の塊は保存用の容器に入れられ。

手術室の外に運び出されていった。

医師達は淡々とオレの胸を縫合し、閉じてゆく。

おい。人工心臓とか、そういうヤツ、

入れちゃったりしないのかよ?お前ら。

これは医療ミスか?

その時。

思い出した。

昨年の暮れに友人に誘われドナー登録したことを。

これって。ひょっとして――

臓器移植。

オレは既に脳死状態なのか?

つまり、オレは死んだのか?

脳死って。

意識も何もないのじゃないのかよ?

意識どころか、感覚だって――

痛っ、

痛ぇぇ。

痛ぇぇぇぇよ。

超痛ぇぇぇぇじゃんかよぉ。

ずんずんと胸を踵で踏まれ続けているような痛み。

おい。オレはどうなるんだよ。

おい。誰か。説明しろ!

説明しやがれ!

おい!

意識は遠のいていった。

12月になると、

俺のなかのオレが思い出す。

あの時の記憶を。

俺に心臓を寄越してくれた人の思念なのだろう。

夢の中で手術室の映像が流れるのだ。

俺の意識はオレの意識に重なるようにその光景を見ている。

天井から。見下ろして。

何度も繰り返される胸の痛み。

希望が打ち破られる悲しみ。

俺はオレの胸を押さえた。










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「クリスマスプレゼント」



「お前もそろそろ嫁見つけなあかんで〜、なあ。

聞いとるんか〜?黒川〜」

「そんなんゆわれんでも分かってますがな。

それより坂手師匠の嫁探しのほうが先ですやろ?

いつまでもこないして僕とクリスマス過ごしててよろしいんでっか?

僕が先に嫁もらったらどないしますのん。

もうクリスマスも正月も独りで過ごさなあかんようになりまっせ。

まぁ正月は仕事が入るやろうけど、

僕らローカル芸人にクリスマスの夜の仕事なんてありませんで。

ちょ、ちょっと師匠、こんなところで寝たらあきません。

師匠、ほらすぐタクシー捕まえますからシャキっとしなはれ」

「おー、なんやあれ。おい黒川、あれなんや?」

もうほんま酔うたらかなんなぁ、この人は。

「何がですのん?ほらしっかり立ちなはれ」

「あれやがなあれ、ほら、あれ見てみぃ」

数メートル先の路上で大学生ぐらいの青年が何かを売っているようだ。

サンタの帽子と衣装を着込んでいる。

「ケーキでも売ってるんとちゃいますか。

でも、もうそんなん食べるハラないでしょ?

さっきも二次会やのに散々アテ食うてましたやん」

「あほ。何言うとるんや。お前が食うんや。

クリスマスにケーキ食わんでどないするねん。

お前そんなことでは立派な芸人になれんど」

「あほ言いなさんな、何の関係がありますねん」

「あほはお前や。芸人にはそういう心も必要なんや。

な、イベントを楽しむ心や。

それができひん内はいつまでたってもひな壇芸人や」

「余計なお世話ですわ。ほら師匠」

崩れ落ちそうになる坂手師匠を支えていると、声をかけられた。

「いらっしゃいませー。さぁどないですかー。

嫁も残りあと僅かですよー。お兄さんどうです?嫁。

そこのお父さんと一緒に。お安くしときますよー」

嫁?

つい声が出た。

「兄ちゃんなんやそれ。その箱の中身、ケーキちゃうんか?」

「ケーキなんてもうとっくに売り切れましたよ。

あとは嫁が二つだけ。ちょうどお兄さんとお父さんの分で終了ですよ。

勉強させてもらいますから。どうぞお土産に買うていってください」

「お土産に、て自分本気で言うてるんか?」

青年の目の色を窺ってみた。

クリっとしていて澄んだ目。

怪しいクスリをやっている気配はない。

「僕の目をよう見てください」

もう見たがな。

「これがウソをつく目に見えますか?」

「いや見えん」

「でしょう?」

「せやけど。嫁てどういう事や。

エプロン着けた小ちゃいロボットでも入ってるんか?」

「そう単純な事ではないんですわ。まぁ一言で言うと嫁ですね」

「なんやそれは」

思わず呆れた。適当な売り子やのぉ。

でも、この話は後々ネタに使えるかもしれんな。

「ほんでなんぼや?それ」

「ほんまは一個千円ですけど、もう最後ですし、

特別に二個で千円に負けさせてもらいますわ」

値段を聞いて腹が決まった。

千円ぐらいなら騙されてもええやろ。

師匠に土産も持たせたかった。

「分かった。ほなもらおか」

俺の肩によりかかっている師匠はもう完全に撃沈模様。

なんせ重い。

師匠を支えるのに難儀しながら、

エビスジーンズのケツポケットから長財布を出し、

青年に千円札を一枚渡した。

「ありがとうございます。ではどうぞ。

あまり揺らさないようにお気をつけて」

手提げ袋を二つ受け取った。

「あ。あと必ず家の中で開けるようにしてくださいね。

それさえ守っていただけたら大丈夫です」

大丈夫てどういうことや?

と言いかけたが、もう面倒臭かった。

「分かった。おおきに兄ちゃん。

さぁ師匠、帰りましょ。坂手師匠」

ちょうど空車のタクシーが通りを走ってきた。

俺たちはやっと帰途に就いた。

実は師匠と俺とは同じマンションなのである。

俺が三階、師匠が七階。

そりゃつるむことも多くなる。

タクシーの中で何度も箱の中を覗きたい誘惑に駆られながら、

俺は師匠の身体を右腕で押さえていた。

気を許すと俺の膝枕で寝そうな勢いだ。

それだけは避けたい。

ここ数年、クリスマスを二人で過ごしているというだけで、

黒川と坂手師匠はなんやええ仲らしいぞ。

等と噂されて辟易しているのだ。

そうこう考えている内に、タクシーがマンションの前に着いた。

「おおきに」

タクシーが走り去ると、師匠の左脇の下に首を入れ、

右手で腰を抱えるように――

あかん。身長差がありすぎる。

ええい。おんぶや。

よっこらせっと。

ふう。重いけどエレベーター乗ったらすぐやからな。

自分に言い聞かせる。

七階の部屋の前に着き、師匠を背中から下ろした。

寝惚ける師匠の耳をつねって、部屋の鍵を出させる。

ドアの隙間から引きずるようにして、師匠を部屋の中に搬入した。

壁際を探りダイニングの明かりを点け、

テーブルの前の椅子に座り込んだ。

あー疲れた。ほんまに疲れた。

師匠は床にへたり込み、

冷蔵庫にもたれかかってボロ雑巾状態だ。

まぁしばらくこのままでええやろ。

それにしてもこの袋を提げながらはキツかったなぁ。

かなり揺らしたけど大丈夫やろか。

それよりも、

そう。

中身や。

テーブルに並べて置いた袋の一つを側に引き寄せ、

中から慎重に箱を取り出した。

何の変哲もない紙の箱。

側面にレンガの様な模様が描いてあり、

上面には赤い屋根と煙突の様な絵が描かれていた。

クリスマスケーキっぽい雰囲気ではある。

ん?

箱の側面にナイロンが貼られた窓があるのだが、

その中で何かが動いたような。

まさかな。

箱の隙間に貼られた丸いシールを剥がし、

(ご丁寧にこのシールにも“嫁”と書いてある)

側面から箱を開けた。

目の前でさっと黒い影が動いた。

え?

テーブルに頬をつき箱の中を覗き込むと、

そこにケーキの姿は無く、奥の右隅に黒い影が張り付いている。

なんや? 手を伸ばすと今度は左隅に影が移動した。

恐ろしいほど俊敏だった。

こ、小人け?

箱を両手で持ち、逆さにして振ってみた。

しばらくは落ちてこなかったものの、

手のひらで何回か箱を叩くと落ちてきた。

そいつはクルリと身体を回転させ、

猫のようにしなやかにテーブルに降り立った。

身長約15p。体重不明。

顔は上半分しか見えていない。

頭まで覆い隠した真っ黒なボディスーツ。

いやボディスーツでもツナギでもない。

これは。

忍者装束かいな?

右手で捕まえようとすると、そいつは素早く後に跳んだ。

「お前、一体何者や?」

「そなたには関係無い」

フルートのように澄んだ声。

女?

という事はくのいちか。

女はトントントンと軽やかにサイドステップすると、

クルクルクルと前方七回転ぐらいの宙返りを見せ、

フローリングの床に降り立った。

そのまま冷蔵庫の前の坂手師匠に、足音も立てずに近付いてゆく。

女は立ち止まり、懐からBB弾の様な玉を取り出した。

止める間もなく、それを床に叩き付けた。

途端に煙が噴き上がる。女の姿が消えた。

近所迷惑やないか。

そんな事を考えたが、音は全く立たなかった。

煙はちょうど冷蔵庫ぐらいの大きさに成長した。

俺はきっとポカンと口を開けていただろう。

数秒後。

消えゆく煙と入れ替わるように、等身大の女性が現れた。

うわっ。

俺は後ろに仰け反り、椅子から転げ落ちそうになった。

黒のワイドパンツに身体にフィットした黒のタートルネック。

切れ長の目にシャープな鼻筋。 美人やないか。

「あなた。こんなところで寝たら風邪を引くわよ」

彼女は屈みこみ、澄んだ声で師匠に声をかけた。

「あ、あんた誰や?」

喋りのプロやのに声が震えとるがな。俺。

「何を言うてるの黒川さん。いつも本当にすみません。

主人を連れて帰ってくださって、どうもありがとうございました」

「よ、嫁? 

あ、いや、奥さん・・・・・・、

ほ、ほな、そろそろ僕は失礼しますわ」

慌てて席を立った。

なんや、なんや、この事態は。

頭の中は完全にパニックだった。

撤収や、とりあえず撤収――

「あ。黒川さんお忘れよ。これ、ケーキでしょ?」

師匠の嫁が微笑を浮かべながら、手提げ袋を差し出す。

彼女の目がキラリと光った。

俺は重くも軽くもない袋を片手に師匠の部屋を出た。

酔いは完全に醒めていた。











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