男が右腕を強く引いた。
闇夜に雷鳴のような音が轟く。
高速で回転するチェーンソーの歯が、
太い胴体に吸い込まれてゆく。
静かに佇んでいた大楠は、
目覚めたようにぶるりとその巨体を揺らすと、
チェーンソーを粉々に噛み砕いた。
男は吹き飛ばされ意識を失った。
遥か遠い昔。
何体もの巨木が大地を揺るがした。
彼らは瘤の浮き出たその太い腕で、
地球を滅ぼそうとする悪意と戦った。
戦いは長引いた。
雷に打たれ、台風になぎ倒され、
多くの同志を喪い傷つきながら彼らは戦い続けた。
緑の大地と、そこに住む全ての生命の為に。
彼らは戦いに勝利し、
大いなる悪意をその身中に閉じ込めた。
全てのエネルギーを使い果たした彼らは再び大地に根を下ろした。
人々は彼らの身体にしめ縄を巻き、御神体として祀りはじめた。
以来、彼らは言葉を発する事も無く、ただそこに居続ける。
何百年、何千年と。
雨に身を洗い、風に葉をなびかせながら。
巨木は目を閉じながら静かに見つめている。
自らが救った人々の行いを。
この世界の行く末を。
ショートショート:目次へ
タグ:ショートショート