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「迷探偵レイバック」



私はある目的の為、沖縄県覇那市に来ていた。

20XX年現在の人口874人。

日本で一番小さな市だ。

私の目的とは、ある人を見つける事。

私は市内を一日かけて歩き回り、虱潰しに表札を調べた。

南国特有のねっとりとした空気が身体にまとわりつき、

体力があっという間に奪われてゆく。

家の数は少ないとは言え、

そう簡単な依頼ではなかった。

惜しい家は何軒かあった。

例えば、大地さん。

この家からは轟音のギターサウンドが聞こえてきた。

二階のベランダには寅柄のセーターが干してあった。

だがここではない。

私が探していた越智さんの家は、

結局見つからなかった。残念な事に。

いや、

むしろこの結果は予想通りだったとも言える。

やはりこの覇那市にはハナから越智は無かったのだ・・・・・・










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「オンナゴコロ」



うそ。

あれって。

青山くんじゃない?

わたしは目がいいから間違いない。

少し太ったみたいだけど、

相変わらずかっこいいなぁ。

高校生の頃大好きだった青山くん。

ラグビー部で花園に行った青山くん。

さすがいまだにいい男。

同じ高校出身でもウチの旦那とは大違い。

は。

やだ。

こんな姿見せられない。

成美は自転車の前に息子の翔太を乗せたまま固まった。

ハンドルに子供用のシートを取り付けると、もれなくガニマタ運転になる。

この姿だけは見られたくなかった。

だが、固まってペダルを漕ぐ足を止めたって、

自転車は惰性でスルスルと前へ進んでゆく。

慣性の法則だわ。

バカ。そんなのどうでもいい。

ブレーキなんてもう間に合わない。

キャー、気付かれちゃう。

青山くんと目が合った。

軽く目礼をしてくれた。

気付いてる?気付いてる?

青山くん、わたしに気付いてる?

成美は気が付いた。

自分の顔の現状に。

ヤダ。今日のわたしったら。

矢吹ジョー並にノーガード。

眉毛を書いただけで、ほぼスッピン。

青山くんは無言のまま通り過ぎてゆく。

成美は目線を落とした。

30過ぎの割にはまだまだ肌の張りもあるんじゃない?

夫の拓郎はそう言ってくれるけど。

あれほど大好きだった青山くんに、

スッピンの顔だけは見られたくなかった・・・・・。

専業主婦で子育てしてると、

そんな普段から顔描いたりしないわよ。

バカバカバカバカバカバカー!

怒りのリズムで、ペダルを親の敵のように踏みまくっていると、

目的地のスーパー若葉を余裕で通り過ぎてしまった。

振り向いた翔太に指差されて気付く始末だ。

もはや成美に、今夜の献立を考える余裕は無かった。

牛肉、タマネギ、

じゃがいもとにんじんはまだあったわよね。

あとは、と――

おし。熟まろカレーが100円だわ。

ラッキー。

あ、あとらっきょうもね。


 ☆ ☆ ☆


「お。今日カレーだな?」

帰るなり、拓郎が自慢げにそう言う。

どうだ?当たってるだろう?そう顔に書いてある。

カレーは誰だって分かるのよ。バカ。

顔には出さずに笑顔で出迎えた。

「おかえりなさーい」

「おお、ただいま」

拓郎はカレーが大好きだった。

金曜日にも作ったばかりなのに、大層嬉しそうな顔をしている。

きっともう先週の事など覚えていないのだろう。

「やっぱり成美のカレーは最高だな」

「ありがとう。嬉しい」

誰が作っても変わらないわよ。味オンチ。

しかも今日はタマネギをほとんど炒めてない。

でも拓郎が気付いている様子はない。

「あれ?」

ギク。

「お前どうしたの?今日化粧濃くない?」

びっくりした。

タマネギをほとんど炒めてない事に気付かれたかと思ったじゃない。

「たまにはね。家に居ると自分がオンナだって忘れちゃいそうでしょ?」

買い物から帰ってすぐに鏡の前に座り、自分の戦闘能力を確かめたのだ。

「そんな事無いよ。成美はいつもキレイだよ♪」

お前はイタリア人か。顔は朝青龍なのに。

まぁそう言われて悪い気はしないんだけど。

「あ、オレそう言えばこないだ。青山に会ったぞ」

「え゛? どこで!?」

「何焦ってんの?」

「あ、焦ってなんかないわよ」

「なんか実家に帰ってきてるらしいよ今。 離婚したんだってさ」

「何?何? 離婚したの!?」

おし。翔太を乗せるシートは、後ろに取り付けるタイプにしよう。

明日はホームセンターへGOだ。その後は久々にコスメを買いにいって、

あ、そうだ。カットにも行かなきゃ、カラーも入れてもらって――

「――、おーい」

「あ、ああ、何?」

「なんだよ、おかしなヤツだなぁ」

「離婚したんだ?」

「仲良かったのになぁ、残念だよ。よく遊びに行ってたのに」

「あ、遊びに!?あなたそんな、人の家庭に!?」

「え?うん。小学校の頃な」

「は???」

「小学校も一緒だったからさ、青山とは」

「センセー、話が見えません」

成美は手を挙げて尋ねた。

「あいつの親が離婚したんだよ。

子供の頃、俺が日曜日に遊びに行ったりすると、

二人揃ってよくかまってくれたんだけどね。

親父さんが出て行ったらしくて、

母親を一人で置いておくのも心配だから。

奥さんを連れて実家に帰ってきたんだって」

「なーんだ、そうだったの」

作戦中止、作戦中止。

でも、

もう少しオンナを意識しなきゃダメだな、わたし。

やっぱり明日、買い物に行こう。

翔太のクリスマスプレゼントも買わなきゃだし――

「お代わりある?」

「はいはい。でもお腹出るわよ?」

「う」

「ウソウソ。いっぱい食べてね♪」

適量のルゥをご飯にかけて拓郎に渡す。

しょうがない。

こいつのプレゼントも買ってやるか。

美味しそうにカレーをがっつく拓郎の顔を見ながら、

成美はそんな事を考えた。









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