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  「JP」 「糸電話」 「逆向き」 「締め切り」

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「ハードボイルド」



左右のフックならぬ電話のベルが、

二日酔いの内藤の頭を叩いていた。

誰だ。

こんな朝早くから。

いや、早くもないのか?

まぁいい。

どうせ、すぐ留守番電話のテープに切り替わ――

らない。

セットし忘れたか。

いっその事あきらめて切ってくれ。

だが、彼のささやかな願いは届かなかった

来客用のソファーにダウンしていた内藤は、

のっそりと立ち上がり、デスクの上の受話器を取った。

「はい。内藤探偵事務所」

つい不機嫌な調子になる。

自分の声でさえ今は聞きたくなかった。

受話器の向こうの声に集中しようとした。

若い女性、恐らくまだ二十代前半。

声のトーンはシルキーで耳触りが良かったが、

語尾のアクセントに癖があった。

関西以西の出身なのかもしれない。

「はい。詳しい話は後ほど。

ええ。では十二時ちょうどに事務所で」

事務所の場所を簡単に説明し、電話を切った。

壁掛け時計を見上げた。

あと一時間か。

ああ。

このどんよりとした頭をどうにかしてくれ。

迎え酒でも浴びたいところだったが、

ノンアルコールのシャワーで我慢することにした。

いくら落ちぶれた探偵といえども、

酒の匂いをさせて客を迎える訳にはいかない。

しかし何の依頼だろう。

日頃、若い女性の依頼主は少なかった。

まぁ浮気調査か、人探しといったところだろうが。

内藤はしばし考える事を中断し、バスルームへ向かった。

マンションの一室を事務所として使っている為、

この部屋には簡単なバスルームが付いている。

シャワーが使えることは有難かった。

飲み潰れてアパートに帰り損ねた日は、

安心して泊まる事が出来る。

あとはベッドさえあれば――

フ。それはもう事務所では無いな。

服を脱ぎ捨てながら一人笑った。

温度を調節し、熱めのシャワーを頭から浴びた。

そのままの体勢で固まっていると、

冷え切った身体がじわりと温まってゆく。

髪の毛から顔に流れる湯が煙草臭かった。

内藤は目を瞑ったまま屈み込み、

シャンプーのボトルに手を伸ばした。

と、爪先立ちになったところで左足が滑った。

咄嗟に左手を前に突こうとしたが空振りする。

バランスを崩した内藤は、全体重がかかった状態で、

ステンレス製のカランにこめかみをぶつけた。

床に這いつくばったまま意識が遠ざかってゆく。

助けを求め伸ばした右手が、温度調節のレバーを押し上げた。

内藤は意識を失った。

熱めの湯が熱湯に変わるのにさして時間は要しない。

熱湯は内藤の背中を激しく叩き続けた。

やがて赤みを帯びた皮膚はずるりと剥け、

白い脂肪の層が露出した。そのどろりとした表面は、

じっくりと時間をかけて茹で上げられてゆく。

狭い浴室に湯気と臭気が充満した頃。

依頼人が事務所を訪れた。

だが、内藤探偵事務所は既に主人を失っていた。












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「監督生出演!」



「監督お疲れ様でした!そしておめでとうございます!」

「ありがとうございます」

「いやぁそれにしても、あそこは岩瀬がよく投げましたね」

「ええ。しっかりと期待に応えてくれました」

「かなりプレッシャーがかかる場面だったと思いますが」

「そこはまぁ、彼の経験がモノを言ったのでしょう」

「では監督、現在の心境は?」

「うーん。ここに私が居てもいいのかな。という気持ちですね」

「と、言いますと?」

「今日スタジオに呼ぶなら、星野監督でしょ」





・・・・・・。





「以上、落合監督にお話を伺いました〜〜」










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