おすすめ作品

  「JP」 「糸電話」 「逆向き」 「締め切り」

  ショートショート全作品目次へ


「プレイ」



つっ

脇腹に衝撃。

喰らったか?

痺れるような感覚。焼けたフライパンに触れるような熱さ。

痛みは数秒遅れでやってきた。

ぐっ、息を止める。

右手で脇の下を押さえた。

生温かい。シャツがぐっちょりと濡れているのが分かる。

まだだ、立ち止まるな。

藪を掻き分け、薄暗い森を駆け抜ける。

  

銃声が止んだ。

完全に撒いたか?

森は途切れ、目の前に切り立った岩の壁が現れた。

岩肌に手を突きながら呼吸を整え、身を隠せる場所を探す。

壁沿いに数分歩くと、岩の間に細長い隙間を発見した。

縦1m半、横幅30p程か。

身体を横にすれば入れそうな穴だ。

ふらりと身体が傾く。

かろうじて岩壁に手を突いて堪えたが、

立っているのがやっとだった。

右手を伝い地面に滴る血の量が尋常ではない、

身体から熱が奪われてゆくのが分かる。

とりあえず、この穴で休もう。

待て。

中に動物でも居てはかなわないので、

足元の小石を拾い、穴の中へ投げ入れてみた。

カツッ

何も反応は無い。

壁に当たる音の遅れから、

いくらかスペースがあるのは間違いない。

傷が岩に触れないよう半身になって、

穴の中へ身体を滑り込ませた。

中は真っ暗だったが、腰を屈めて歩ける程度の広さはある、

手探りで数メートル進んだところで、ふっと意識が途切れた。


 ☆ ☆ ☆


どれぐらい眠っていたのだろう?

夜になったからか、外から差し込む光も無く、

洞窟の中は真っ暗だった。

ぬめぬめとした地面の感触が気持ち悪い。

ったくなんで濡れてるんだよ。

暗闇の奥から何やら音が聞こえる。

なんだ?

立ち上がってみた。

不思議なことに意識ははっきりとしている。

脇腹はじんじんと痺れているものの、痛みは感じなかった。

一体この奥に何が。

そろそろと進んでみる。

しかしこの洞窟内の湿度と温かさは異常だ。

温室かよ。

奥へ奥へと進むに連れ、音が大きくなってきた。

輪郭はあやふやだったが人の声のようだ。

耳を澄ませば祈りのようにも聞こえる。

ん?

あれは。

前方から僅かな光が差し込んでいる。

夜では無かったのか。

警戒しながら、ゆっくりと進む。

光は細い隙間から漏れていた。

暗闇に慣れた目には強すぎる。

顔を背けながら、その隙間に手をかけた。

ここもやはりぬめりを帯びている。

しかも柔らかい。ここから脱出できるだろうか?

両手で割れ目を押し広げ、頭を出した。

なんだ?

何かの泣き声。

あまりの眩しさに目を開けられない。

このけたたましい泣き声は・・・・・・

まさか。

オレなのか?

オレの口から――

意識が薄れてゆく。

オギャーオギャー

おめでとうございます。

無事に生まれましたよ。

なんだそりゃ。

身体が抱きかかえられる。

母親の匂い。

温かい。

意識がスパークした。










ショートショート:目次へ







「BOOKOFF」


(短編競作企画作品)


県境の長いトンネルを抜けると、そこに看板があった。

夕食後、持参した文庫本を読み終えてしまった川畑は、

どうにも落ち着かず、本を買うために宿を出た。

活字中毒なのである。

旅先に於いても、読む本がなくなると、居ても立っても居られないのだ。

宿の女将に店の場所を確認し車を出したものの、

走れども走れども書店の看板は見当たらない。

小さな個人経営の店だと言うから、

ひょっとすると見逃してしまったのかもしれない。

かれこれ三十分は走った頃だろうか。

長いトンネルを抜けたところで、

見慣れた黄色と青の看板が目に飛び込んできた。

全国でチェーン展開しているリサイクル書店だ。

こんな田舎にも出店しているとは。

驚きを禁じえない。

だが、これで本が買える。 

ハンドルを握る手の震えが収まった。

昔からそうだった。

とにかく活字を読んでいないと落ち着かない性分で、

日頃もカバンに文庫本を入れ忘れた日には、

駅の売店やコンビニで買う事もあるぐらいだ。

おっと。

川畑は慌ててウインカーを出した。

サッカーのピッチほどもある駐車場に停まっている車は数台。

店の入口近くのスペースにオフホワイトのジムニーを滑り込ませた。

エンジンを切り、車を降りた。 吐く息が白い。

この地域ではそろそろ初雪が降ってもいい時期だ。

口元で重ねた両手に息を吹きかけながら、店内に入る。

途端、鼻腔に飛び込んでくる紙とインクの香り。

古本ならではのすえた匂いも、

川畑にとっては精神安定剤のようなものだった。

「いらっさーい」

やる気のない声。

レジカウンターの中に立つ店員は、

紺色のエプロンこそ着用しているものの、

その中身は、ピストルズのTシャツ。

鋲付きのリストバンドにモヒカンヘアー。

ピタピタのデニムパンツに編み上げブーツ。

こちらに向けた目は見事に三白眼だった。

どんな店員だ。

川畑は店員と目を合わせないようにして店の奥へ向かった。

目当ては100円コーナーの文庫本だ。

旅先ではかさばらない文庫本に限る。

また100円コーナーから好みの本を掘り出す行為には、

宝探し的な快感が伴って、やみつきになるのだ。

ところが、通路を奥へ進んでいくと、

行く手を遮るように二人の男が揉み合っている。

なんだ?

「なんだオラ」

「てめぇこそなんだ」

どうやら店員と客が揉めているようだ。

客は普通の若者だったが、店員は髪を逆立て真っ赤に染めている。

どんな店員だ。

というより、なんだこの店は。

触らぬ神に祟り無し。ハト派を自認する川畑はUターンして、

隣の通路を――

「なんだコラ」

目の前に壁、いや肉の壁が。しかも声が降ってくる。

川畑が恐る恐る上を見上げると。

「わ!わっ!ヤマのフドウ!?」

「なんだと?ケンカ売ってんのか?」

ゴツイ、ゴツスギル。

テンパッテ表記がカタカナになるぐらいゴツイ男。

金太郎の前掛け状態のエプロンが悲鳴を上げている。

「いえいえいえいえ滅相もございません」

川畑は胸の前で両手を振りながらジリジリと後ずさった。

ダメだこの店は。

フドウから1メートル半ほど離れた所で回れ右をし、一気に駆け出す。

ふぅー。

店を出たところでやっと溜めていた息を吐き出した。

なんなんだよ!この店は!

川畑は自動ドアのガラス越しに、両手の中指を立てて抗議した。

あろう事か、店の中のモヒカンやフドウも川畑に向け中指を立てている。

二人ともパンクファッションなだけに、その仕草が妙に似合っていた。

と、目の前にふわり。

空を見上げる。

牡丹雪。

ひらひらと白い花びら舞い降りる。

川畑のささくれ立った心をなだめるように。

もう、いいや。

引き返して小さい本屋を探そう。

そう気持ちを切り替えた瞬間。

雪に焦点を合わせていた川畑の目が、

店の看板の文字を捉えた。

疑問が氷解する。

FUCK OFF

「ケンカお売りください」
















ショートショート:目次へ



×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。