あそこのトイレって人が消えるらしいよ。
そんな噂を学校で聞いたのは、先週の事だった。
なんだよー、ありがちな都市伝説っしょ?
なーんて言いつつ、オレとシンジは
MTBを飛ばして確かめに来ちゃったのだ。
場所は繁華街にほど近い公園にあるトイレ。
こんな所で人が消えるなんて考えられない。
オレたちはトイレの入口を見張れるベンチに陣取った。
リュックには保温ポットに入れたミルクティ。
DSだって持ってきた。
準備に抜かりは無いのだ。
はじめは二人で見張っていたものの、
だんだん飽きてくる。
交替で一人がDSをやりながら、
もう一人がトイレの入口を見張ることにした。
このシステムに変更してしばらくすると。
「見て!」
シンジが胡坐をかいているオレの膝を叩いた。
「トイレに入るよ」
黒いセルフレームのメガネに、紺色のスーツ。
髪の毛を七三に撫で付けた細身の男が、
あたりを気にしながらトイレの中へ吸い込まれていく。
右手には大きな紙袋を提げていた。
「ドキドキするな」
「うん、でもまさか消えないでしょ」
だが。
結局、男は出てこなかったのだ。
オレとシンジは公園を見下ろす大時計で時間を確認していた。
男がトイレに入ってから2、3分が過ぎる。
なんだよーあいつウンコかよー。
なんて言いながらふざけていたものの、
5分、10分と時間が経つうちに、
だんだんと言葉数が少なくなってきた。
「おい」
「うん」
「出てこないな」
「出てこないね」
「どうする?」
「どうしよ?」
「見に行く?」
「マジで?」
「帰るか?」
「帰らない」
オレたちは顔を見合わせて頷いた。
「行ってみよう」
スクラムを組むように互いの肩を掴みながら、
トイレの入口に近付いていく。
この時、18:20。
もうあたりは真っ暗で、
チカチカ点滅する蛍光灯が、
かろうじて入口を照らしていた。
オレたちはその手前で立ち止まり、
大きく息を吸い込んだ。
アンモニアの臭いが脳みそをツンツンと刺激する。
急に尿意をもよおしてきた。
シンジが弱気な声を出す。
「やっぱ帰ろうか?」
「バカ!ダメだって」
「震えてるじゃん!」
「オシッコしたいだけだって!」
オレとシンジは寄り添ってブルブルと震えながら、
男子トイレに入った。
右手に3つ並ぶ小便器は無人。
左手に2つある個室も無人。
清掃用具入れには鍵がかかっていたし、
人が入れるような大きさではなかった。
もちろん出入口は一つ。
窓には鉄格子が嵌められ、当然脱出不可能。
「なんで?」
オレとシンジは顔を見合わせた。
ぶるっ。
「と、とりあえず、オシッコ!」
「う、うん」
シャー。
シャー。
「消えたな」
「消えたね」
シャー。
シャー。
「なんだろな」
「なんだろね」
ぶるっ。
挟まないように気をつけて、チャックを上げた。
いったい何だったんだろう?
「明日学校でみんなに報告しなきゃな」
「うん、また調査に来なきゃね」
手を洗うことも忘れてトイレを後にする。
それぞれのMTBに跨ったオレたちは、
しばらくの間、無言のままだった。
頭の中を同じ言葉がグルグルと回る。
『たしかに男は出てこなかった。
見逃したなんて事は絶対に無い』
考えてもキリがないや。
「さ、帰ろうぜ」
「うん」
ギアを上げ走り去る二人を、
大時計が静かに見守っている。
公園の石碑に書かれた文字が、
街灯の明かりに照らされていた。
【新宿二丁目公園】
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