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「卵」



学校の帰り道。

いつものように、ユウキ達仲良し五人組が騒ぎながら歩いていると、

道端に停めた軽トラックの側でブルーシートを広げ、

物売りをしている男に声を掛けられた。

「少年達よ、どうだ? 見るだけでも見ていかないか?」

年に数回行われるPTAのバザーの如く、

テキトーな感じで店先に並べられていたのは、

幾多の水槽やダンボール。

その中では何やら色々なものがうごめいている。

ユウキ達は我先に店先へ駆け寄り、水槽の中を覗き込んだ。

入ってるのは、カメやらヤドカリやらサワガニなど。

男の子にとってはどれも大好物である。

とは言っても獲って食うわけではない。

「おおおおお。すげー!すげー!」

都会育ちの彼らには珍しいモノばかりだった。

ミドリガメの水槽にへばりついていたユウキが、

仲間に場所を譲り、脇を見ると、

シートの隅っこにぽつんとダンボールが置かれている。

ユウキは何かに呼び寄せられるようにして、

ダンボールの前にしゃがみこんだ。

「$%&#」

小学三年の彼にはまだ理解できない四文字熟語がPOPに書かれている。

「オジサン、これ何て書いてるの?」

顔の面積の半分以上をヒゲに支配されている男が、

深みのある低い声で答えた。

「在庫処分」

説明になってない。

それ以上訊く気にならず、

ユウキがダンボールの中を覗いてみると、

そこには大小様々微妙に色の異なる楕円形の物体が。

タマゴ?

一番デカイヤツを恐る恐る指で突っつく。

タマゴは揺りかごのようにゆらゆらと揺れた。

「少年よ、気になるならそいつらはタダで持って帰っていいよ」

「ほんと!?」

「ああ、残りモノだからね。温めてやると何かが生まれるかもよ」

男は鬱蒼と茂るヒゲの真中に、白いモノを覗かせながらそう言った。

ひょっとすると笑っていたのかもしれない。

「ねー!これタダでくれるって!」

ユウキは仲間を呼び、ジャンケンで勝った者から順に、

一つずつタマゴを選ぶことにした。

結局ジャンケンにからっきし弱いユウキが手にしたのは、

サイズこそ大きいが、何の変哲も無い白いタマゴだった。

ユウキ達は男に礼をいい、何も買わずにその場を立ち去った。

日頃から、寄り道、買い食いはダメ。

って母親から言われていたし、

誰もお小遣いを持っていなかったのだからしょうがない。

「じゃあ、また明日なー!」

仲間にバイバイし、ユウキは家のドアのカギを開けた。

ポケットの中で弄んでいたタマゴをそっと食卓に置く。

ランドセルをフローリングの床に放り出してトイレに駆け込んだ。

実はひそかにウ○コを我慢していたらしい。

学校のトイレで大をすると、色々と周りがうるさいのだ。

子供の社会もなかなか大変なのである。

はぁぁぁぁ。スッキリしたー。

もう食卓の上に置いたタマゴの事などすっかり忘れている。

ユウキは晴れ晴れとした顔でトイレから出ると、

ランドセルを引っつかみ、

そのまま二階の自分の部屋まで駆け上がった。





ユウキがテレビゲームに熱中している間に夜になり――

「ユウキ! ユウキ!ごはんよー」

母親が、階下からユウキの名前を呼んでいる。

どうやら、夕食の支度が出来たようだ。

ドンドンドンドンドン。

派手に音を立てながら一階へと下りる。

「ユウキ!階段は静かに下りなさいって言ってるでしょ」

ダイニングに入るなり、母親の雷が落ちた。

「はーい」

食卓に着き、目の前に置かれたカレーライスに手をつける。

息つく間もなく速攻で食べ終え、グラスの水を飲み干した。

「ごちそうさまでした!」

背を向け、キッチンで何かをしている母親を尻目に、

立ち上がろうとしたその時、食卓の隅に置かれた皿に気付いた。

あ。そうだ。タマゴ。

あり?

タマゴが皿の上で三つに増えている。

母親が普通のタマゴと混ぜたのだろうか。

だがユウキのタマゴは、

ニワトリのタマゴより若干大きかったので、

すぐに判別することが出来た。

ユウキは右手でそっとタマゴを掴み、

ニ階の自分の部屋へ派手に駆け上がった。

「ユウキ!」





それから数日間。

ユウキはタマゴとベッドを共にし、

寝相には充分気をつけて、小さな懐で温め続けた。

そしてある朝ついに・・・・・・



バーンッ!!



ユウキが教室の扉を豪快に開け、中を見渡すと、

まだ早い時間であるにも拘わらず、

珍しく仲間の四人が教室の隅に勢ぞろいしている。

ユウキの立てた音に驚き、振り返った彼らと目が合った。

『お前もか!』

彼らの顔にはそう書いてあった。

仲間たちの輪に加わると、ユウキは興奮して声を出した。

「生まれたんだよっ!」

「俺も!」「俺も!」「僕も!」「俺も!」

ユニゾンして答えが返ってきた。

一人だけ違う者も居たが。

「普通のヒヨコだった!」

「俺なんかヘビ!」

「僕のはダチョウかな?デカかった!」

「俺なんか、人間の女の子!

アイドルのタマゴなの♪だって・・・・・・

カワイイしオッパイ大きいんだけど、どうしたらいい?」

最後にユウキが報告する。

「俺のとこも人間だったよ。しかも二人も!

男だったけどね。漫画家のタマゴなんだって!」

・・・・・・

ユウキ達は顔を見合わせ、一斉にため息をついた。

『はぁぁぁぁ、どうする?』

またまた見事なユニゾンだ。

数年後。

ヒヨコは無事ニワトリへ育ち、今でも友人の家で飼われている。

ヘビはデカくなると手に負えず、山へと放した。

ダチョウも同様に、動物園に預けることになった。

女の子はスクスク成長し後にグラビアを飾るようになる、

たしか“ほしのなんとか”って言う名前だっけ。

ユウキの家の二人もなんとか一人立ちし、いや二人立ちか?

無事漫画家としてデビューを飾った。

代表作は「キン肉マン」

どうやら、

ユウキがタマゴを家に持って帰ったあの日、

母親が勝手に茹でてしまったらしい。

















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posted by layback at 11:36
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「get up stand up」



薄手のナイロンジャケットを羽織り、

テーブルに置いたレンタカーのキーを手に取る。

ソファの上で神経質そうに両手を弄んでいた涼子が、私に声をかけた。

「あなた、もう荷物は全部車に積み込んだの?」

「ああ、大丈夫だ。気が変わらない内に出発しようか」

「髪の毛、寝癖がひどいわよ」

「ん?」

自分の頭に手をやった。

右の耳の後辺りが上向きに跳ねている。

押さえつけてみたが、そんな事では直りそうになかった。

まるで私達の置かれた状況のようだ。

「いいんだ、誰に見せる訳でもないし。

そうだ、結花は?」

私は跳ねた髪の毛から手を離し、尋ねた。

「ええ、寝てるわよ。ぐっすり。

もう、抱き上げても起きないと思う」

「分かった。結花を連れてくるから、

お前は玄関のドアを開けてくれ」

二階の娘の部屋に行き、

ベッドに寝ている結花の身体を抱きかかえる。

腕が覚えているより、いくぶん重さが増していた。

最近抱っこしてやったのはいつだっけ。

このところずっと金策に駆けずり回ってばかりで、

しばらく遊んでやる事も出来なかったからな。

娘の成長の速さに驚いたが、

それ以上感慨に浸るのを、意図的に止めた。

考えてはダメだ。 

朝食時のオレンジジュースに混ぜた睡眠薬がよく効いているようで、

身体が揺すられても、結花はピクリとも動かなかった。

そろそろと一段ずつ階段を降りる。

玄関に置かれた黒いスニーカーをつっかけ、

横向きの体勢になりながら外へ出た。

よく晴れている。

サングラスが欲しいくらいだ。

私は眩しさに顔をしかめながら、

白いセダンの後部座席に結花を横たえた。

ドアを静かに閉め、最後に我が家を振り返る。

何も考えるな。



「場所はもう決めてあるの?」

「ああ、前に遊びに行ったことのある山の近くに、

使われてない林道があるんだ。

そこは入り口の車止めを動かすことが出来るらしい。

今はそんな情報までインターネットで手に入るんだからな。

自殺者の数が増えるのもしょうがないと思うよ」

私は万に一つも警察に止められる事のないように、

制限速度を守りながら、慎重に運転を続けた。

午後二時を過ぎた頃、

ようやく私達は林道の入り口に辿り着いた。

平日という事もあり、山道に入ってからは

殆ど対向車とすれ違う事も無かった。

涼子と二人がかりで朽ちかけた木製の車止めを動かす。

木製とは言え湿り気を帯びたそれを動かし、

また元の場所に戻すのはなかなか骨の折れる作業だった。

日頃の運動不足をたたるしかない。

私達は再び車に乗り込み、未舗装の林道を奥へ向かった。

整備されていない道に、車体が激しく上下に揺れる。

十分ほど進んだところで、少し開けた場所に出た。

車が横並びに五台は停められそうなスペースだ。

ここら辺りでいいだろう。

車を停め、エンジンを切った。

途端に重い静寂が車内を満たす。

ふぅっ。

とりあえず無事に辿り着けた事で、安堵のため息が漏れた。

ハンドルを握る手にも力が入っていたからか、

肩から首筋にかけて石のようにこり固まっている。

シートベルトを外しながら隣を見ると、

涼子はうつむきがちに自分の両手を見つめていた。

歳の割りに艶やかな髪の毛が顔にかかり、

その表情を窺う事は出来ない。

「用意してくる。とりあえずお前は中で待っててくれ」

そう言い残して、私は独りで車を降りた。

トランクを開け、ガムテープや練炭、

七輪などを地面へ無造作に並べてゆく。

七輪にダンボールから出した練炭をセットし、

着火材まで用意した所で、

涼子の声が背中に掛かった。

「あなた!」

振り返ると、涼子が焦った表情で助手席の窓から顔を出している。

「結花が、目を覚ましそうなの!」

私は作業の手を止め、立ち上がった。

窓から後部座席を覗き込む。

結花は両手で目をこすりながら身体をくねらせていた。

寝起きによくやる仕草だ。

睡眠薬の量を加減したのが、まずかったか。

今から無理心中を図ろうと言うのに、

子供の身体を心配して、睡眠薬の量を少なくしたのだ。

自らの行動が矛盾していた事に、今頃になって初めて気付いた。

ふっ。

自分でも意外だったが、

この状況下に於いても、私の口元からは笑みが漏れていた。

春の新芽のような子供の生命力は侮れない。

数分も経つと、結花はすっかり目を覚ましていた。

彼女は眉間に皺を寄せ、うろたえる涼子に何かを尋ねているが、

車外までその内容は聞こえてこない。

私はチノパンのポケットから煙草を取り出し、

手にしたチャッカマンで火を点けた。

ふぅ。

緑の中で吸う煙草は旨い。

車の中ではまだ母娘がやりあっている。

私が吸い終えた煙草を足元に捨てると、

車のドアが急に開いた。

結花だ。

「パパ! ポイすてダメなんだよ!」

左手を腰に当て、

ふくれっ面で私の足元を指差している。

怒る仕草が涼子にそっくりだ。

「あ、ああ、すまん・・・・・・」

私は娘の勢いに気圧されるように、

足元の吸殻を拾った。

「そう!こんどやったらパパのことキライになるからね!」

「はい・・・・・・」

ここは頷くしかない。

「何??パパ!バーベキューするのっ!?やった!!」

結花は今言った事などすでに忘れ、

私を置き去りにしたまま、

七輪や練炭を置いてある所へ走って行く。

「え? 

あ、ああ・・・・・・

そうなんだ!

ええっと・・・・・・

そう!

でもパパ、お肉やお野菜を買ってくるのを忘れてたんだ。

結花、今日はもう遅くなりそうだから、バーベキューは諦めて、

や、焼肉でも食べて帰ろうか!」

「ええ〜〜〜、ゆいかバーベキューがいいなー」

女王様はご機嫌斜めの様子だ。

「うーん、じゃバーベキューは来週!

今日はとりあえず焼肉! な!?」

私は苦手なウインクを試みた。

「うーん・・・・・・














いいよパパ。じゃあウインナーもつけてね♪」

彼女のウインクの方が、

数千倍、上手い。

一度は吹き消しかけた小さな灯火が、

冷えきった私の心を温めてくれる。

手遅れになる前に目が覚めて良かった。

立ち上がれ。

そして前を向け。

二度とこの火を消すことの無いように。































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