「将太、ほら早くしなさい」
「もうすぐオコメ戦隊スイハンジャーがはじまるのに?」
「ダメ、今日はおじいちゃんに会いに行くって言ってるでしょ」
「はーい」
まだ未練タラタラな様子ながら、
将太は立ち上がり、テレビの元を離れた。
“おじいちゃん”という言葉が功を奏したのかもしれない。
同居していた義父は、よく将太の面倒を見てくれていた。
私は自宅玄関前に停めておいた、クルマの後部座席に将太を乗せ、
自らハンドルを握り、義父が入院している大学病院へ向かった。
「いい?将太、病院の中じゃ走ったり、大声を出したりしちゃダメよ」
「うん、わかってるよママ。おじいちゃんどこにいるの?」
将太もしばらく義父に会っていなかったから、
早く会いたくてしょうがない様子だ。
でも、
この事を将太にどう話せばいいのだろう。
無邪気な顔を見ていると、
胸が締め付けられる。
私は結局、何も将太に説明できないまま、
階上へ行くエレベーターのボタンを押した。
ナースセンターで記帳した後、
年配の看護士に連れられ、病室へ案内される。
「今、眠ってらっしゃいますから、お静かに願いますね」
「はい。 いい? 将太、シィーよ?」
私が人差し指で、自らの唇を押さえると、
将太は口を真一文字に閉じたまま頷いた。
ものものしい雰囲気に緊張したのか、
私の人差し指と中指を握る小さな手にギュっと力が入る。
静かにドアを開けると、広い個室の奥の方で、
義父がひっそりと横たわっていた。
付き添うものは誰もいない。
ただ、耳鳴りのように響く機械の作動音と、
モニター上で波打つ一本の線だけが、
生命の存在をかろうじて証明している。
そんな風に感じられた。
「お義父さん……」
ベッドに近付くと、
義父の青白い顔は生気を失い、
頭や体中に巻かれた包帯が痛々しかった。
「ねぇママ、おじいちゃんねてるの?
なんでたくさんひもがついてるの?」
将太が私の太腿にしがみつきながら、
ひそひそ声で尋ねる。
「そう、おじいちゃんは寝てるの。
これはヒモじゃなくてチューブって言うのよ」
「なんで?なんでチューブがついてるの??」
「いい?将太。おじいちゃんはね、
明日から、スーパー・オGチャンに生まれ変わるの。
世の為、人の為、地球の平和を守る為、
自ら志願してロボットに改造されたのよ」
「よくわかんないけど、すごーい」
「将太、おじいちゃんのこと好きでしょ?」
「うん、だいすき」
「たくさん遊んでもらったものね」
「うん、またこうえんにつれていってもらうの」
「もうそれは出来なくなるかもしれないけど、
またおじいちゃんにはきっと会えるから……、
生まれ変わるおじいちゃんを、応援してあげようね」
「うん。おじいちゃん、がんばって」
将太は義父の冷たい手を握り、金属製のパーツに頬を寄せた。
「将太……」
わたしの手には、
一輪の白い花が握られていた。
名も無き小さな花だったが。
「将太、おじいちゃんはな。
やはりあの時、死んでおくべきだったのかもしれん。
ひとり生き残る事がこれほど辛いとは……」
目の前に並ぶ墓に向け手を合わせ、頭を垂れる。
わたしが改造されてから、いったい何百年過ぎたのだろう。
地球は愚か 人間達の行いにより朽ち果て、
その表面積の殆どが砂漠に ってしまった。
わたし達ロボットを残して、 は滅んだ。
身体のメンテナンスを止めてから、
思考がところどころ途切れる事がある。
日に日に体の動きも鈍くなってきていた。
「そろそろ、お前達の元へ行けそうだ。
将太。また、公園へ行って遊ぼうな。
今度はお前の息子や孫達も一緒に……」
わたしは白い花を将太の墓に手向け、
膝をきしませながら立ち上がった。
ゆっくりと踵を返し、
廃墟と化した町へ歩きだす。
砂漠の彼方。
震えながら地平線に沈み行く太陽の姿は、
この星にさよならを告げているように見えた。
わたしは、いつ死ねるのだろうか?
キィィィィ キィィィィ
潤滑油を切らした関節が鳴く。
質問の答えは、
帰ってこない。
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