「どうだいセンセイ? うまく出来そうかい?」
「ええ、いまやってますから、声を掛けないで下さい」
「頼みますよ。材料は抜群なんだから。あとはあんたのウデ次第だ。
その為にわざわざこんな山奥まで来てもらったんだからね」
「あなたがムリヤリ連れてきたんじゃないか!これは拉致でしょうが!」
「まぁまぁそう怒らずに。うまく料理してくれさえすれば、
わたしはハッピー、あんたも無事に家に帰れるんだ」
「だったら静かにしててください。集中力が必要なんです」
「そうだな。分かった。黙って見ていることにしよう。
これは台無しにされたら、二度と手に入らない代物だからね」
……
「とは言え、黙ってじっとしてるのも、なんだか居心地が悪いもんだ。
わたしが勝手に喋っているから、センセイはそいつに集中しててくれ。
なに、BGMだと思ってくれたらいいよ。
わたしは見かけの割りにいい声だろう?」
ブィィィン、ブィィィン。
……
「フ。早速無視ですか。いや、いい、いい。
相槌はいいから、そのまま料理を続けてくれ。
わたしはね、金にものを言わせて世界中の料理を食べ歩いてきた。
アジア、アフリカ、ヨーロッパ、北米、南米――
でもまぁ食うべきものがあるのは、まずアジアとヨーロッパか。
あとはどうも、日本人のわたしの口には合わなかったよ。
中国、韓国、台湾、ベトナム、タイ、トルコ――
ヨーロッパはやはり南部の方が美味いものが多いね。
きっと気候や享楽的な人々の気質と関係があるんだろう。
そうやって世界中を食べ尽くした訳だが、
結局一番美味かったのはなんだと思う?」
キュイーン、キュイーン。
……
「こ、米だよ。米。やはり日本人の血は争えないね。
美食の旅から帰ってきて食べる一膳の米が一番美味い。
なに、おかずなんて、なんだっていいのさ。
梅干だって、沢庵だって。
湯気を上げながら光り輝く米粒の塊を咀嚼して、
ほんのりとした甘みの余韻を楽しみながら飲み込む。
それが一番の幸せだってことに気付かされるんだよ。
海外生活が長引くとね。
センセイもそう感じたことはないかい?」
ギィィィィ、ギィィィィ。
……
「そ、そうやって、贅沢の限りを尽くしてきたわたしだが。
糖尿病を患ってからは、まるっきり生活が変わってしまった。
もう、それからは和食だけだ。カロリーを制限して、
味気のないものばかりを食べてきた。
まぁしつこいものは、身体が受け付けなかったから、
食べたいと言う気もあまり起きなかったがね。
だが、そうやって節制していても、
結局、病には勝てなかったんだよ。
先日、担当医に言い渡されてね。余命なんとかってヤツさ。
自ら歩んできた道だから、もちろん誰も責められない。
後悔もしていないんだがね。でも、ふと思いついたんだよ。
まだ食べてないものがあるじゃないか。
どうせ死ぬのなら、そいつをこの胃に収めてから死にたいって。
それでセンセイに来てもらったんだ。
手荒い真似をして申し訳なかったね。
どうだいセンセイ?そろそろ出来そうかい?」
「ええ、よいっしょっと。これで、なんとかなりますかね。
わたしもこんな経験は初めてですから、あとは責任を持てませんよ」
「おお。うんうん。いい感じじゃないですか。
弾力があって、美味そうな感触だ。さすがセンセイだな」
「あ、あまり強く触らない方が、いいと思いますよ」
「おっと。その通りだ。
では、早速いただくことにしますか。
センセイ、そこのワインを注いでもらえるかな。
ありがとう。あと、その純金製のスプーンを」
「どうぞ。少しずつ召し上がった方がいいかと思いますよ……」
「ああ。しかしこれは自分では見えないし、食べるのも難しいね」
クニュ。
……
「ど、どうです?」
「あああああ、なんと、 こ、これは、言葉にならないね」
クニュ。
「おおおおお、の、のうこうで舌にピリピリとくるような……」
クニュ。
「うううううん、せ、せんせいあんたぁめいいだなぁ……」
クニュ。
「はぁぁぁぁん、いきたままぁぁぁぁん」
クニュ。
「じぃぃぃぶぅぅぅんのぉ、のうぅみぃそぉぉぉん」
クニュ。
「うぁぁああああああ ああ あ あぁ ぁん……」
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