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「車内の風景」



丁度、一週間前の火曜。

都内に住む丸川K子さんが、通勤途中に殺害された。

駅から会社に向かう途中に、ビルの間の路地に引き込まれ、

その場で何者かによって刺殺されたのだが、

目撃者が複数居たにも関わらず、

走って逃げた犯人は、いまだ捕まっていない。

私と長山さんは、事件当日の被害者の足取りをもう一度確認する為、

丸川さんの自宅から、彼女の勤務する会社までの道のりを辿っていた。

その途中、山の手線の車内での事だ。

ラッシュアワーもピークを少し過ぎた時間帯ではあったが、

丸川さんがいつも乗っていた車両は今も混みあっている。

まだこの時間でもスーツ姿のサラリーマンやOLが多かった。

チラホラと学生らしき姿も見える。

私は長山さんと横並びに吊革を持ち、

車内の人物の顔や風体を、さりげなくチェックしていた。

特に不審に見える人物は見当たらない。

だが、長山さんに感触を訊こうとしたとき、

座席の端の方に座る、ある一人の女性に目が留まった。

あろう事か彼女は、混みあっている電車の中で化粧ポーチを膝の上に置き、

スッピンの状態の顔をパシャパシャとやっている。

まさかここで化粧を最初から最後までするつもりなのか?

私の口はポカンと開いていたかもしれない。

隣の長山さんの存在も忘れ、慌しくアイテムを変えながら

突貫工事を続ける彼女の姿に、目が釘付けになっていた。

あれよあれよという間に地味だった顔が、

メリハリの効いたオンナの顔に仕上がっていく。

間違いなく美人の部類に入るだろう。

化粧後は。

まるで魔法使いだ。

その間、約10分ほどだっただろうか。

私は半ば感心し、半ば呆れながら、隣の長山さんに話しかけた。

「チョーさん。あれ。見てました?」

「ああ。まったく信じられんな」

長山さんも、首を横に振りながら呆れた様子だ。

「まったく、どうなってるんでしょうね、今の日本は。

電車の中であそこまでやっちゃうんですから。

朝はOLや女子高生があの調子でしょ。

他の乗客だって、マンガを読んだり、

携帯電話やゲーム機をいじってますし。

昼間は昼間で、床に座り込んでお菓子やマックを食べる若者。

靴のまま座席に上がる子供、それを注意しない親。

なんだか電車の中と家の中を、混同してるんじゃないですかねぇ。

どんどん電車が家に近付いていってるような気がしませんか?

このままだと、その内、電車の中でセ○クス始めたり、

ウ○コやオシ○コをしちゃう輩も出てきますよ、きっと」

私は話している内に感情的になっていたようだ。

長山さんに脇を小突かれる。

「こら、お前声がでかいよ。ほれ、みんな見てるぞ」

長山さんがアゴをしゃくる。

美人に変身したOLまでこちらを見ていた。

恥ずかしさに伏し目がちになりながら、

私は長山さんに小声でこう言った。

「でも、間違ってはないですよね。

電車は家じゃないんだぞ!って言ってやりたいですよ」

私が喋り終えるのとほぼ同時に、

駅への到着を報せるアナウンスが流れた。

「まあな。お前の気持ちもよく分かるが、

いいか? 電車ってのはな、結局、

ホームに辿り着くもんなんだよ。

さ、降りるぞ野村」

「はい」

さすがに上手いなチョーさん。

まだまだ学ぶべきことは多い。

私と長山さんはコートの襟を立て、

再び事件に向かう刑事の顔に戻った。















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「バントの名手」


「カワイ君のお陰だよ。オレ達が出会えたのも。

こうして結婚することが出来たのも。本当に感謝してるよ」

クロダは隣に座るユキの手を取りながらそう言った。

ユキもクロダの言葉に合わせるように、うんうんと頷いている。

「何言ってるの。僕は何もしてないじゃない。

それに、クロダ君とユキさんは式も入籍もまだ一ヶ月先でしょ。

まったく気が早いんだから」

カワイは柔和な笑顔を見せながら、先走り気味のクロダをからかった。

「いやいや、カワイ君がいなけりゃ、

オレとユキは出会ってさえいなかったんだから。

それにほら、オレがユキに想いを伝えられずにいた時も、

色々と協力してくれただろ? キミのアシストがなきゃ、

そもそも始まってない恋なんだって、な?」

ユキはその頃の事を思い出したのか、

クロダに話を振られても、照れくさそうに頷くだけだ。

「いや、アシストっていうよりも犠打かな?

ユキもオレたちの草野球の試合を観に来て知ってるだろ?

カワイ君のバントの巧い事。さすがバントの名手カワイだよ!

なんてチームのヤツらが喜んでたもんな。

この間の試合なんか、送りバント二つに犠牲フライ二つ、

挙句の果てに五打席目は振り逃げだったからなぁ。

ノーヒットであれだけ活躍するのはカワイ君くらいだよ」

「ねぇクロダ君。それってバカにしてないよね?」

カワイはビールの泡を口の周りに付けながら、楽しげな表情でそう言う。

「そりゃそうだよ。バントにしても犠牲フライにしても、

テレビで見てりゃ簡単そうだけど、実際には難しいからね」

「ありがとう。野球の話はさておき。

二人の幸せそうな顔が見れて僕も嬉しいよ。

少しは役に立てたのかな、って思うとなおさらね。

クロダ君。ユキさん。本当におめでとう!」

カワイはほんのり赤く染まった顔をくしゃくしゃにして、二人を祝福した。

クロダがカワイと出会ったのは半年ほど前。

地元の草野球チームの練習に彼が参加してきた時だった。

細身の身体に乗っかる撫で肩、そして優しそうな垂れ目からは、

想像できないほど、彼のプレーにはキレがあり、

守備もバッティングも小技が利くタイプのプレーヤーだった。

誰もが認める野球の実力や、柔らかな物腰のせいもあり、

カワイはすぐにチームに打ち解けた。

そんな彼が、ある週末に企画した飲み会。と言う名の合コン。

そこでクロダとユキは初めて出会った。

最初はお互いそれほど意識していなかったのだけれど、

二次会のカラオケが終わる頃には、

クロダの方が、ユキの顔から目が離せなくなるくらい急速に、恋に落ちていった。

実はその頃、ユキには別れきれない彼氏がいて、

少し揉めたりもしたのだが、カワイの好アシスト――

いや、ナイスバントだろうか―― のお陰で、

やがて二人は付き合い始めることになったのである。

クロダがカワイに感謝するのは、そういういきさつがあったからだ。


そして一ヵ月後――


結婚式会場で、受付の席に着くカワイが居た。

「カワイさん。どうもスミマセンねぇ。

ウチの息子とユキさんの間を取り持ってくださった上に、

受付係までお願いしてしまって。息子には甘えすぎよって、

叱ったんですが――」

「いえいえ、お母さん。気になさらないで下さい。

僕が何かお二人の役に立ちたかったもので、

自分でやらせてくれって頼んだんですよ。

あ。それより、今日は本当におめでとうございます。

クロダ君とユキさん、お似合いですよね。

僕も自分の事のように嬉しいです。

でも喜んでいるだけじゃなくて、

自分のお嫁さんも早く探さないといけないんですけどね」

「あらあら、カワイさんなら、

いくらでも素敵なお嫁さんが見つかるでしょうに。

今日はユキさんのお友達も沢山見えてるから、

もしかすると、いい出会いがあるかも――

なんて、ほほほほほ」

「ハハハハハ、そうだといいんですけどね。

でも、今日はしっかりと裏方として、お二人のサポートに集中しますよ。

だからお母さんは、どうぞ息子さんの元に行ってあげてください。

そろそろいい時間ですからね」

「あらいけない。ではカワイさんも受付が済んだら会場へ来て、

二人の晴れ姿を見てやってくださいね。あとはよろしくお願いします」

「はい、分かりました。では後ほど」

会場のエントランス付近に居た出席者達も、

ほとんど会場の中に入ったようだ。

やれやれ、いい人の振りも疲れるな。

カワイは辺りに人目が無いのを確認し、

集まった祝儀袋をまとめて紙袋に放り込んだ。

席を立ち、スタスタとその場を後にする。

こういう場合は、迷いや焦りを見せずに、

ごく普通の歩調で立ち去らなければならない。

建物を出て、歩道を駅の方角に向かいながら、

カワイはくすんだ白のネクタイを右手で緩めた。

クロダ君、ユキさん、おめでとう。

どうかお幸せに。

あ。一つ言い忘れてたけど、

オレは送りバントも犠牲フライも得意だが、

一番得意なのはスクイズ。

――squeeze――

つまり「搾り取る」ことなのさ。

脇役を一人失った会場では、

新郎新婦を迎える盛大な拍手が沸き起こっていた。












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