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「砂漠」


暑い。

と言うより。

熱い。

と言った方が、より正確な表現かもしれない。

気が付くと私は、砂漠のど真ん中に、うつ伏せの状態で転がっていた。

汗ばんだ頬には細かい砂がこびりつき、

シャツの襟元から覗く首筋には、情け容赦なく陽の光が突き刺さっている。

首をもたげ、辺りを見回したが、形あるものは何も目に付かなかった。

あるのは、ただ空と太陽と砂。

いったい私の身に何が……

考えようとすると頭がひどく痛む。

私は、何故だか軋む身体にムチをくれ、上体を起こした。

三角座りの体勢で砂の上に座り込む。

尻にじんわりと焼けた砂の熱が伝わってくる。

頬に付いた砂を払い、身体のあちらこちらに触れてみた。

どこにも外傷は無い。骨が折れている訳でも無さそうだ。

いったい私の身に何が……

そうやって途方に暮れている間も、

熱を帯びた太陽の視線は、ひとときも休むことなく私に降り注いでいた。

そんなに睨みつけないでくれよ。

このままこの場所に座り込んでいても、身体の水分がどんどん失われていくだけだ。

そして最後には――

立ち上がれ。

そして、歩け。

頭の中からなのか、身体の奥深くからなのかは分からない。

生存本能と呼ばれるものが、私に語りかけているような気がした。

私はその言葉に無言で頷き、立ち上がった。

とりあえず、太陽の方向へ歩いてみよう。

まだ高い位置で威張り散らしている太陽に、

悪態をつきたい気持を抑えながら、よろよろと歩きだす。

歩きだしてからしばらく経ったところで、私は立ち止まり、後を振り返った。

目安になるものが何もない為、どの程度進んでいるのか、まったく把握できない。

それに、自分では太陽の方向に歩いているつもりでも、

実際にまっすぐ歩けているのだろうか?

ひどく不安になったが、確かめる術はなかった。

この調子だと、同じ所をぐるぐる回っていても気付きようがない。

広大な砂漠で遭難する者の気持ちが、初めてリアルに感じられた。

しかし、立ち止まっていても、死が迎えに来るだけだ。

それならいっそ、こちらから向かって行ってやろうじゃないか。

私が半ばやけくそ気味に、早足で歩きだすと、突然、足元の砂がズルッと動いた。

なんだ?

靴が一瞬で砂に飲まれる。

号令がかかったように周りの砂地が崩れ、一斉に動き出した。

あれよあれよという間に、目の前の平坦だった地形は、すり鉢状に凹んでゆく。

戻れ!

脳の指令を待つまでもなく、

本能の叫びに身体が応えようとするが、

すでにふくらはぎまで埋まってしまった私の足は、

踵を返すどころか、1ミリも動かすことが出来なかった。

私が両手を振り回し、もがいている間に、

すり鉢の中心部は、より深くその位置を下げ、

さらに加速度を増して砂を飲み込んでゆく。

私の身体は、抵抗空しく腰の位置まで埋まり、

ズルズルと横移動しながら下降していった。

まるで、下りのエスカレーターで運ばれてゆくように。

ダメだ。

すでに砂は私の顎のすぐ下まで迫り。

それまで下半身にかかっていた砂の圧力が、

少しずつ下の方向に開放されてゆくのが分かる。

ごぉぉぉぉぉ

砂漠が喉を鳴らしているのか?

飲み込まれる。

抗うことは出来ない。

口を閉じろ。

目を瞑れ。

鼻は――

どうしようもない。

手で押さえようとしたが、間に合わなかった。

熱い砂が顔に押し寄せ、

私の意識は闇に包まれた。






お前がそうやって寝てる間にも、

時は、砂のようにこぼれ落ちてゆくのだ。

さぁ。目を覚ませ。






暑い。

と言うより。

熱い。

と言った方が、より正確な表現かもしれない。

気が付くと私は、砂漠のど真ん中に、

うつ伏せの状態で転がっていた――











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「カウンターパンチ」


「あやちゃん。もう少しテレビから離れなさい」

「……」

「あやちゃん!」

「はーい」

珍しいな。

あやがボクシング中継を熱心に観るなんて。

子供には刺激が強すぎるので、

普段テレビで格闘技を観ることは少なかったが、

今日は何かと話題を振りまいている鮫田兄弟の世界戦だけに、

どうしても見逃したくなかったのだ。

しかし、たまにボクシングなどを流し観ていても、

あやはまるで関心を示さなかったのに。

いったいどういう風の吹き回しだろう。

「行けっ!」

「おい、そりゃ反則だろう!」

「こらレフリー! どこ見てるんだ!」

「あやちゃん! もう少し離れて観なさい!」

熱中するあまり、独りで大声を出すわたしをよそに、

あやは黙ったまま、へばり付くように画面を注視していた。

「あっ!」

と、突然あやが声を出した。

「どうした?」

画面には観客席が大写しになっている。

あやのかわいい指は、ある一点を指していた。

「ひろみちおにいさん!」

「え?」

もしかして、そのなんとかおにいさんをずっと見ていたのか?

画面が切り替わり、激しいパンチの応酬が映される。

あやはカーペットに両手を突き、

前のめりになって、画面に集中していた。

やがて引きの画面からズームされ、

再び観客席が大写しになった。

「ひろみちおにいさん!」

また画面を指差している。

「あやは目がいいねぇ」

「だって、あやのいちばんすきなひとだもん」

バ、バカな……

「あ、あやちゃんは、パパと結婚するんじゃないの?」

動揺で思わず声が震える。

「けっこんとれんあいはちがうの!」

む、娘よ……

いったいどこでそんなセリフを覚えてきたんだい?

声にならない想いがこみ上げてくる。

もう胸が張り裂けそうだ。

その時だ。

くすりと笑う声が背後で聞こえた。

振り返ると、妻がニヤリと口角を上げていた。











実はこれシリーズです。
アヤちゃん @ A B



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