トォッ!
ボコッ。
オレが駅前に設置された自動販売機の足元に、インサイドキックをカマしていると、通りの向こうから、見覚えのある顔が近付いてきた。
カズキじゃん。
ヤツは携帯で話をしながら空いた手で缶コーヒーを弄んでいる。
クルクルと器用に缶を回す様はまるでガンマンのようだ。
「おーい、カズキぃ」
ん? といった顔でカズキがこちらを向く。
手を振るオレに気付いたようだ。
カズキは携帯で話を続けたままちょっと待ってねとオレに目配せをした。
『ええ、だからそういう訳なんで、今後はよろしくお願いしますよ、はい、では――』
カズキはテンションの低そうな様子で通話を終えた。
「こうちゃん久しぶり。ごめんね。電話してたからすぐに気付かなかったよ」
「いいんだよ、オレも髪型変わったしな」
カズキとオレは小中高と同じ学校だった。
小6以来、同じクラスになることは無かったが、家が近所だという事もあり、顔を合わせればそれなりに話はする。
「こうちゃんさっきこれ蹴ってたでしょ?」
カズキは笑いながら自動販売機をコツリと蹴った。
「何やってんだろあの人って思ったじゃん。危ないから目を合わせないようにしてたんだよ」
小学生の頃とまったく変わらないカズキの笑顔にオレの表情もついつい緩む。
いや、違う。オレは怒ってたんだ。
「いやいやいや、カズキ、聞いてくれよ。さっき電車降りて缶コーヒーを買おうしたらさぁ。ホットがねーの。ホットが。もうそろそろ10月じゃん? いい加減ホットコーヒーが飲みたくなる季節だろ? ほっこりホットコーヒーでも飲みながら一服しようって思っただけなんだよ。オレは。で、北口の自販にホットが無かったから、南口に来てみたんだけど。こっちにもホットねーじゃん! オレのこの労力とやるせない気持ちをいったいどうしてくれんだ! ってのがさっきのキックの理由なんだよ」
カズキはふんふんと頷きながら言葉を挟むことなく聞いてくれた。
「なるほどね。たしかにこの時期にホットが入ってる自販機って少ないもんね。今こうちゃんの話を聞きながら考えてみたんだけど――」
カズキは目の前の自動販売機をちらりと見て続けた。
「きっとね、こうちゃんと同じような目に遭っても、ホットがねーぞ! どうしてくれるんだ! って、飲料メーカーにクレームを付ける人が、少ないからじゃないかな? だってさ、ホットがなきゃあきらめるしか無い訳で、その人に実質的な損害は発生しないでしょ? ま、気分は悪いだろうけどね」
おお。やっぱコイツ頭いいな。いい大学行ってるだけはあるぜ。
「そりゃ、まぁそうだよな」
「ね。でもさ、仮に逆の事態が起きたとしようよ。ここ数年、9月、10月になっても暑い日が多いよね。いい? 9月末、日差しの強い日に、ある人が、自販機で冷たい飲み物を買おうとしました。ところが出てきたのはホットのコーヒー。オレは冷たいのが飲みたかったのに! まだ暑い時季になんでホットを自販機に入れてるんだよ! オレの120円を返せ! ってクレームを付けたくなるでしょ? だって実害が出てるわけだからさ。お金は返ってこないわ。暑いのにホットを飲まされるわ。そんなの踏んだり蹴ったりだよね? 秋口にホットの飲み物を自販機に入れるとクレームが多い。そこで飲料メーカーは、お客様の声に従ってホットを外してみた。すると、それに対するクレームはほとんど無かった。そんな訳で、ホットは冬だけ入れておけばオッケーだって事になったんじゃないかな。あ、これはあくまで僕の推察だよ? 実際にどうなのかは、メーカーに訊いてみないと分からないけどね」
最後の方になると、オレは腕組みをして深く頷いていた。
「なるほどなぁ。そこまでは考えもしなかったよ。お前やっぱすげぇよ。オレとはデキが違う」
「何言ってんの。大げさだなぁ。僕はもう行くよ。午後から授業だし、じゃまたね!」
カズキは笑いながら手を振って、改札の方に歩き出した。
「おー、またな」
一度背を向けたカズキが何かを思い出したかのようにオレの方を振り返った。
「あ。こうちゃん。これあげるよ!」
カズキがアンダーハンドで何かを投げてよこした。
おっと。
危うく落としかけたがなんとかキャッチ。
あちっ。
缶コーヒー?
しかもホットだ。
カズキ……。
今の、ひょっとして……お前の話?
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