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  「JP」 「糸電話」 「逆向き」 「締め切り」

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「9ボール」


ん?

意識の彼方から、ザクザクと、

硬質なギターリフがフェードインしてくる。

何だ?

何の音だ?

くそ。携帯か。

ディープパープルの着メロはお気に入りだったが、

寝起きにはあまり聴きたくない。

目を開けようとすると、

窓から差し込む西日に妨害された。

眩しい……。

ケイタは陽を避けるように、うつ伏せのまま、ベッドの下をまさぐった。

「はい、もしもし」

『ケイタ。今日はビリヤードだぞ。忘れてないだろうな』

冷たい声が眠気を掻き分けて耳に入ってくる。

「あ、すいません。すぐ向かいますんで」

17:42

うわぁ。

返事をしながらテレビの上の時計を見て焦った。

『おいおい。自分の立場が分かってるのか?

お前の代わりなど、いくらでもいるんだからな』

この感情の無い冷たい口調が怖いんだ。

ケイタは寝癖の付いた頭を掻く。

やべぇやべぇ。

焦りを隠すようにケイタは低い声で返事をした。

「はい、分かりました。ええ、では――」

電話を切り、腕立て伏せの要領でベッドから起き上がる。

Tシャツにジーンズ姿のままだった。

いつの間にか、うたたねをしていたようだ。

洗面所で顔を洗い、残りの眠気をタオルで拭う。

なんか食ってくヒマは――

ねーな。

イスの背に掛けていた黒いレザージャケットを羽織り、

靴箱の上に置いたジェットヘルを右手に掴む。

ケイタは勢いよく部屋を飛び出した。

カンカンカンカン。

エンジニアブーツのソールがいい音を立てる。

築数十年。木造アパートの側面に、

かろうじて張り付いている鉄製の階段はサビだらけだ。

階段下に停めているバイクにキーを挿し、

いつものように優しく目を覚ましてやった。

GSX1100Sカタナ。

ドイツ人デザイナー、ハンス・ムートによる唯一無二のスタイルは、

その名の通り、日本刀をモチーフとしたものだ。

跨っただけで自らが侍にでもなったような、

不思議な高揚感が得られるのはそのせいかもしれない。

ケイタは大排気量エンジンの豪快なサウンドを楽しみながら、

県道から繋がる近くのインターチェンジへ向かった。

現地までの所要時間は、せいぜい20分位だ。

飛ばせばなんとか間に合うだろう。

高速に乗ってからも、ケイタの相棒のご機嫌は上々のようだった。

最新型のバイクと比べると、さすがに旧さを感じさせるが、

入念にメンテナンスされたカタナの状態は非常に良かった。

足回りやフレームの補強の効果は絶大で、

高速走行でも全く不安は感じられない。

ただ、一つ難点を挙げるなら風の抵抗か。

フルカウルでは無い為、高速域では、いつも以上に前傾姿勢を強要されるのだ。

ケイタはタンクにへばり付くように身を伏せ、

まだまだ余力を残しているエンジンにムチをくれた。

さぁ、急がないと間に合わねーぞ。

沈みゆく太陽は一日の仕事を終えようとし、

過ぎ去ってゆく景色は色を失いかけている。

大きな右回りのカーブを抜ける。

ケイタは数百メートル先、トンネルの手前に、

折り重なる物体があることに気付いた。

どうやらあれだな。

薄紫色の空を闇に染めるように、筋状の黒い煙が上がっていた。

その後に停車したトラックは、ハザードランプを焚いている。

玉突き事故だ。

ケイタは素早くシフトダウンし、

スクラップ状態になった数台のクルマ達――

ワンボックス、セダン、それに軽が2台か?

――の傍らにカタナを停めた。

途端に洩れ出たガソリンの匂いがムッと鼻を突く。

警察や消防はまだ到着していない。

なんとか間に合ったようだ。

危ねぇ。危ねぇ。

オレも命拾いだな。

心の中で苦笑いした。

カタナから降りたケイタは、ヘルメットを被ったまま

クルマの残骸に近付き、中の様子を窺ってみた。

声は聞こえない。動くモノもない。

当然ながら、まったく生存者の気配は無かった。

ケイタにとっては見慣れた光景だったが、習慣的に軽く手を合わせ、

すぐに路上に転がったブツを回収してゆく。

  1、

 2、3、

4、5、6、

7、8――

あと1つは……

と、

あった。

横転して壁に貼り付いているワンボックス車の陰で、

そいつはぼんやりと光っていた。

ケイタは熱を帯びた車体に触れぬよう、

気を付けながら壁との隙間に手を伸ばし、

掴んだ9つ目の魂を、ポケットに入れた。



















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「警告」


クオォーン

FD3S。黄色のRX−7が夜の闇を切り裂いてゆく。

このロータリーサウンドがタマらんぜ。

アクセルをギュッと踏み込む。

ブワッ ググッ

途端に強烈なGがかかり、

身体がバケットシートに押し付けられる。

やっぱりコイツは最高だ。

世界で唯一、MAZDAが量産するロータリーエンジンの滑らかな吹け上がりは官能的で、

そして何よりも、理想的な前後の重量バランスから生まれる、優れた旋回性能は、

今でも峠でトップクラスの実力を誇っていた。

ケイスケは毎夜この峠に走りに来るのが日課だった。

いつものように1本目はウォーミングアップだ。

ハーフスロットルで流して走った後、徐々に全開に近いレベルで攻めてゆく。

これが3本目か。

頂上を駆け抜け、下りで一番長いストレートに差し掛かる。

次の右コーナーの進入。

限界までブレーキングを我慢してみろ。

ケイスケは自らに課題を出す。

ぐっとアクセルペダルに体重を乗せてゆく。

すると、ストレートの真中辺りで、前方に光が見えた。

ちっ。対向車か。

ケイスケはふっと右足の力を抜き、加速を弱めた。

近付いてくるコーナーから顔を出したのは――

ん? FDか?

そいつはミズスマシのように滑らかにコーナーをクリアし、

重力を微塵も感じさせぬ勢いでストレートを駆け上がってくる。

ヘッドライトの中、全貌をあらわにする鮮やかな黄色のボディ。

それはケイスケの乗るマシンとまったく同じ仕様に見えた。

まぁ、峠でFDは珍しくないのだが、しかし……

すれ違う瞬間。

ケイスケは目を疑った。

あの黄色いFDの運転席に座っていたのは――

オレ?

じゃないのか!?

一瞬、確かに目が合った。ケイスケそっくりの男と。

コンマ数秒に過ぎなかったが、見間違えではない。

咄嗟にバックミラーを仰ぐ。

ただ背後の闇が映るのみだ。

もう消えたのか!?

ありえない。速過ぎる。

あっちは上りだぜ……。

ケイスケの脳裏に残像が蘇る。

こちらを向き、険しい顔で男は何かを叫んでいた。

自らの口を動かして反芻してみる。

『あ・ぶ・な・い・死――』

そこでヤツは見えなくなった。

通り過ぎたというより、消えたという表現の方が近い。

あれはオレへの、警告だったのか?

ケイスケは再び記憶を呼び起こそうとする。

うわっ!

我に返ると、目の前にコーナーが迫っていた。

くっ、ブレーキングポイントはとうに過ぎていたが、

ケイスケはドンッと右足でブレーキペダルを踏み、ドリフトの体勢に入った。

タイヤが大きく悲鳴を上げ、FDはノーズを支点に弧を描く。

ガードレールギリギリのところをリヤバンパーがかすめる。

黄色のFDに気を取られ、アクセルを緩めていたのが幸いした。

なんとかコーナーをクリアしたものの。

息つく間もなく、今度は対向車だ。

体勢を立て直したケイスケの内側を、

片目だけヘッドライトを点けた大型トラックが、ヨタヨタと通り過ぎていく。

もし、あの時、そっくりさんが通らなければ、

右コーナーをインベタに攻めてたオレは、

センターラインを割ってトラックに突っ込んでいたかもしれない。

ケイスケの背中に冷たい汗。

警告ありがとよ、そっくりさん。

今度こそホッと息を吐き、ケイスケは数百メートル先の退避スペースにFDを停めた。

ふぅ。

危なかったなぁ、お前。

ケイスケは愛車に話しかける。

ハンドルに両肘を掛け、重ね合わせた手の甲に額を載せた。

コン

ボンネットに乾いた音が響く。

小石か?

ケイスケが様子を見――

ドンッ

ゴォキッ

グシャッ

FDのルーフには、直径2メートル程もある落石がメリ込んでいた。

ケイスケは、走っていた。

黄色いFDを駆って。

いつも以上にエンジンの吹け上がりが軽い。

到底上りとは思えないスピードで、左コーナーをクリアする。

直線だ。行け。

ケイスケは右足に力を込めた。

が、ペダルの感触が無い。

なのにFDは悪魔のように急勾配のストレートを駆け上がる。

対向車だ。オレだ。オレのFDだ。

気をつけろ。必死に口を動かそうとする。

近付いてくる。オレのFD。

オレとオレの目が合う。

オレたちがすれ違う瞬間、やっと言葉が出た。

「危ない! 石――」

言い終わる前に全てが闇に包まれる。

最後の力を振り絞り、ケイスケは後を振り返った。

FDの赤いテールランプが残像を置き土産に、コーナーの向こうへと消えていく。

「――石だ! 落石に気を付けろっ……」












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posted by layback at 01:45
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