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「アキラ」


ぼくはアキラが大好きだ。

それはもう、ものごころついた時から。

本人に好きだと告げたことはないけれど。

きっとアキラも気付いてくれてると思う。

あのまっくろで、ぐりっとした瞳で見つめられると、

ぼくはもう、まいってしまう。

もちろんママとパパも大好きだけれど、

ぼくはアキラのつるっとしたうでに抱かれるのが、

いちばん好きだ。

ある日。

ぼくがいつものように、

アキラががっこうから帰るのをまっていると。

あわてたようにママが玄関からとびだしてきた。

と思ったら。

家のまえにとまったタクシーにのりこんで。

タイヤのこげた匂いをのこしてどこかへ行っちゃった。

ママ、ぼくのごはんは?

アキラはまだ帰ってこない。

いつもならとっくに帰ってきて、

ぼくのあたまをぐりぐりっとしてくれるのに。

ちなみにパパはきょうも遅いにきまってる。

けっきょくその日、アキラは帰ってこなかった。

ママとパパは夜おそくになってやっと、

タクシーでいっしょに帰ってきた。

ふたりはおたがいを支えあうようにして、

家のなかにはいっていく。

ぼくのほうはちらりとも見ずに。

ママ、ぼくのごはん忘れてるでしょ?

こんやは水でがまんするからいいけど。

ところでアキラはどうしたの?

ぼくはおなかがすいてあまり眠れなかった。

あさになると、

いつも見なれた家がなんだかちがう家のようにみえた。

なんでだろう?

お昼すぎから黒いふくをきたひとがちらほらと、

ぼくらの家にはいっていく。

見たことのないひとがほとんどだ。

さっきパパがぼくのごはんをもってきてくれた。

ママはまだわすれてるの?

パパの目は赤くはれている。

どうしたの?

あ。

アキラが帰ってきた!

見えなくても、においでわかる。

あれ?

しらない人がふたりで、

ほそながいハコを家の中にはこんでいく。

アキラ?

遊んでるの?

ぐりぐりってしてよ。

それからは、

あわただしく黒いふくのひとがでたりはいったり。

アキラはつぎの日の午後。

またほそながいハコに入って家をでていった。

学校はいいの?

アキラはそれっきり帰ってこない。

ぼくはアキラにあいたくてさみしくて、

なにも食べるきがしなかった。

なんにちも待ってたけど。

アキラは帰ってこなかった。

ママとパパはひとまわり小さくなった。

ちゃんと食べてるのかな。

ぼくは水をなめるだけ。

なんにちかたつと。

もうそれもめんどくさくなってきた。

アキラ、ぐりぐりってしてよ。

その夜。

夢をみた。

アキラがつるっとしたうでで、

ぼくをだきしめて、

あたまをぐりぐりってしてくれた。

ありがとうアキラ。

大好きだよ。

やがてすべてが、

白いひかりにつつまれた。

アキラのうでの中は、

とてもあたたかかった。












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「名物刑事」


角刈りの頭に、首のないずんぐりとした体型。
柔道でもやっているのか、耳が餃子のように潰れた男は、
旧式のレジスターの前でアイスコーヒー代450円を払うと、
夜のネオン街へ繋がるガラスの扉を力強く開けた。

亀嶋刑事、通称“カミツキガメ”。
一度狙った獲物は、決して逃がさないことから、そう呼ばれているのであろう。
大阪ミナミ界隈のチンピラや、筋者の間で、彼の名を知らない者はいなかった。
新宿署にも、よく似た渾名のデカがいるようだが、もちろん、二人の間に関係はない。

亀嶋は宗右衛門町にある古びた喫茶店を出て、胡蝶蘭の並ぶ花屋の角を曲がった。
通りの左側、十五メートルほど先だろうか、まだ真新しい焼肉屋の軒先で、
ガタイのいい男二人組と小柄で猫背の男が額を突き合わせ、なにやら立ち話をしている。
周りに漂う剣呑な空気。
どうも二人組が小男に、因縁を付けているようだ。

亀嶋は足を止め、咥えたタバコに火を点けた。
夜空を見上げ、紫煙を吐き出し、さりげなく男達の様子を窺う。

「なんやと? おのれはなめとんのか!」

小男が激高した男に上着の襟元を掴まれ、抵抗空しく、路地の暗がりに引きずられていく。

「あかんな」

亀嶋はタバコを投げ捨て、小走りに路地へと向かった。

「こら。お前ら何をしとるんや」

亀嶋が暗がりを覗きこむと、小男は地面へ倒れこみ、
二人組は革靴で、その腹や足を踏みつけている。

「何や、お前は」

振り返った黒いポロシャツの男が凄む。
もう一人は上着の胸元へ、手を伸ばそうとしていた。

「やめとけ、警察や。お前らこんな街中で、何を考えとるんや」

冷静に低い声で話す亀嶋の顔に、黒ポロの男の目が留まる。

「おい、こいつ、亀嶋とちゃうか?」

「え? 亀嶋……、こいつ、あのカミツキガメか?」

自分達の置かれた状況に気付き、顔を引きつらせる二人組。
亀嶋は胸元から手帳をチラリと見せた。

「オレの名前はどうでもええんや、とにかくその人を立たせたらんかい」


 ☆   ☆


「ええな、お前ら、こんな人目につく場所で騒動起こしたら、
上のモンにも迷惑がかかるんやぞ。よう考えて行動せい。分かったな?」

「はい! 以後気を付けますんで……」

亀嶋の姿が消えると、気を付けの体勢で固まっていた二人の身体からヘナヘナと力が抜けた。

「亀嶋は噂通り、危ないやっちゃな」

「ああ、ほんまにカミツキガメや」

その場にへたりこんだ二人は、顔を見合わせた。

黒ポロの男は鼻に。

上着を着た男は頬っぺたに。

しっかりと歯型を付けられていた。
 











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posted by layback at 00:44
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