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「FA宣言」


俺とカメラマンの葛城は、

甲子園で行われた阪神戦の取材を終え、

大阪北新地のBARを訪れた。

「ハイお疲れ〜」

生ビールのジョッキをカチンと合わせる。

「いやぁ、シビれましたね、まさかサヨナラで決着とは」

葛城が泡を唇の端に付けたまま顔をほころばせる。

「おう、入れ込みすぎて、思わず取材の事忘れそうになったな」

そう答えた俺の頬も、きっと緩んでいたことだろう。

「延長にもならずに9回でカタがついて良かったですね」

「投手戦で結局1-0だったからな、早く帰れて万々歳だよ」

今日のように、ナイター取材が早く終わる事はとても珍しかった。

仕事から解放された喜びで、ついついジョッキを空けるペースも速くなる。

俺がカウンターを振り返り、お代わりを頼もうとすると。

ん?

視界の右端に、なにやら大きな物体が……

いや、違う。

それは壁のように広い人間の背中だった。

「おい葛城。あれ、見てみろ」

「え? なんですか?」

「カウンターの端に座ってるの。あれキヨムラじゃないか?」

「あ、ほんとですね、あのデカい後姿は間違えようがないですもん」

「なんだか隣の女の子と揉めてるようだな」

痛めた膝の治療の為、キヨムラは今、二軍で調整中のはずだ。

今シーズン中の復帰はもう絶望的だという話もある。

そのキヨムラが連れのオンナと口論になっている。

声は押し殺しているものの、二人の険悪な雰囲気は、こちらへも十分に伝わってきた。

「ケンカですかね?」

「ああ、これはネタになるな」

俺と葛城は、さりげなくカウンター近くのテーブルへと席を移動した。

キヨムラの低い声が、かすかに聞こえる。

「だから、昨日はなんで電話に出んかったんや?」

「友達の家に遊びに行ってたって言うてるやんか!」

興奮してきたからか、返すオンナの声が大きくなる。

「お前、そのあと電源切ってたやないか」

「うるさいなぁ、あんたみたいに束縛する男知らんわ」

「ほれみてみぃ、他の男と会うてたんやろうが!」

バシャ。

オンナがキヨムラの顔にグラスの中身をぶちまけた。

これには二人の様子を窺っていた俺たちも、さすがに驚いた。

まるで下手なドラマのワンシーンだ。

「もういい! ウンザリやわ、ワタシは自由の身になるから!」

『おーっと、キヨムラ選手、恋人からFA宣言でーす』

にやけた葛城が、俺の方を見ながら小声で実況中継する。

『コラ、悪ノリするな、気付かれるだろうが』

つい俺も葛城に合わせるように小声になった。

カクテルシャワーを浴びたキヨムラは、マスターからタオルを受け取り、

憮然とした表情で、いかつい顔と坊主頭を拭いている。

「キヨさん、追いかけなくて良かったんですか?」

ヒゲを生やしたマスターが、キヨムラに声をかける。

「ああ、もうええんや。あんなオンナ」

「かわいくて、スタイルもいい言うて、自慢してはったじゃないですか」

「あのオンナはスタイルはいいけど、性格は最悪や」

吐き捨てるようにキヨムラが言う。

返答に困ったマスターは肩をすくめていたが、キヨムラは気にせず続けた。

「やっぱりオッパイの大きさでオンナを選んだらあかんな。

マスター、ワイはもう決めたで、次からは性格重視や。

優しくて浮気をせんオンナやったら、

FカップであろうとAカップであろうとかまへんわ!」

『おい、今の聞いたか? 葛城』

『はい、しっかりと!』

『明日の見出し、決まったな』

キヨムラ、夜もFA宣言

『輪転機、まだ間に合うな?』

『ええ、急ぎましょう』

「マスター! お勘定!」












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「神前式」


「なぁ。なんかこの式おかしくねーか?」

「なに言ってるのよ、日本の伝統に乗っ取った立派な式じゃないの。
ウェディングドレスを着て、教会で式を挙げるのも女の憧れだけど、
神前式も気が引き締まる感じがして、なかなかいいもんじゃない」

私の説明に納得するでも無く、
明はまだ首をかしげて、鼻をひくひくさせていた。

「いや、なんかおかしな匂いがするんだよなぁ」

私はその無神経な物言いに蓋をするべく、
ヤツの鼻を思いっきりつまんでやった。

「んが、んが、んオイ! ヤメろって!」

この人は悪い人じゃないんだけど、
時々デリカシーの無い発言をするもんだから、
こういうフォーマルな場では気が気では無かった。
確かになぜだか、勘の鋭いところはあるんだけどね。

私は勤め先の後輩の結婚式に出席していた。
丁度身体の空いていた明も連れてきたわけだが、やはり失敗だったか。

新婦はキリリと吊り上がった目元が涼やかで、
肌の色が透き通るように白く、社内でも目を引く美人だった。
仕事以外のプライベートで絡んだ事はほとんど無かったが、
どことなく陰のある彼女の雰囲気は、
何か重たいものを背負っているようにも感じられた。

周りに知られてはならない何かを……

晴天の中、式は滞りなく順調に進んだ。
最後に写真撮影を行うという事で、出席者全員が、中庭へと案内された。

見事に整備された日本庭園だ。
敷き詰められた砂利を踏みながら、全員が所定の場所へ揃う。
カメラマンと進行役の女性の指示に従って整列させられる。
ざわつきが収まりかけたその時、私の頬を冷たい雫が叩いた。

雨?

周りの者も手のひらを上に向け、空を仰いでいた。
まぶしく太陽が照っているにも拘わらず、ポツポツと小さな雨粒が落ちてきた。

「皆さーん! 急ぎますよー! カメラを見てくださーい」

カメラマンの急かす声で出席者達は我に帰った。
残り数枚分の写真撮影が、駆け足で行われた。

「では、これで集合写真はラストになりまーす」

皆の視線がレンズに集中し、最後のシャッターが切られる。

コーン。

シャッター音に被るように、中庭の隅の方から、竹が石を打つ乾いた音が響いた。

きっと誰も気付かなかったのかも知れない。
だが、新郎の真後に立っていた私は見逃さなかった。
彼の肩がその音に過剰に反応し、震えていた事を。

帰りの電車に揺られながら、私は考えていた。
あの写真には、一体何が写っているのだろう?

なんて、まさかね。
考えすぎの自分がおかしくなった。
隣に座る明が、首をかしげながら口を開く。

「なぁ、なんかおかしな式だったよな?
あの二人ってもしかして、人間じゃないんじゃ……」

私は明が全てを言い終わる前に、ヤツの頭をはたいた。












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posted by layback at 12:35
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