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「死にたい……」


そう呟いてみる。

窓の外では、そんなしけた台詞を嘲笑うかのように枯葉が舞っていた。

俺の生きてる理由は一体なんだ?

最近なにもやる気がしない。

今日もだらだらしながら一日が過ぎていく。

BGMがわりにテレビをつけ、横になっていると、腹も減りやしない。

もう何日も他人と会話していなかった。

昨日は、玄関のベルが2度鳴ったが、もちろん居留守でやり過ごした。

もう、立ち上がることすら億劫なんだ。

ブラウン管の中では、深刻な顔と軽薄な顔を、

器用に使い分ける司会者が、番組を進行していた。

よく死亡事故のニュースの後に、そんなくだらない話題を繰り出せるな。

そう心の中で呟きながら、リモコンに手を伸ばす。

ここならまだマシかとチャンネルを切り替えた。

大男が2人、画面中央で睨み合っている。

九州場所だな。

ご当地力士への声援が飛ぶ。

「待ったなし!」

行司の声が響いた。

一瞬の静寂の後、両者が激しくぶつかりあった。

頭を下げて当たった力士が一気に押し込む。

ひいきの力士のピンチに、客席からは悲鳴が上がった。

声援の後押しも受けてか、地元力士が土俵際で粘る。

この力士は小兵だが、粘り腰で、小技の効くところがある。

一瞬。彼の目がキラリと光ったように見えた。

相手力士ががぶり寄る力を上手く利用し、

後に倒れこみながら相手に投げを打った。

見事なうっちゃりだ。

両者がもつれ合うように土俵下に落ちてゆく。

だが軍配は、押し込んだ力士の方に上がっていた。

間髪を入れず、勝負審判が手を挙げる。

館内がざわめくなか、土俵上で審議が行われる。

結論が出たようだ。

マイクを握る審判長の説明に、その場にいる全員が耳を澄ませた。

「ただいまの取り組みについて、説明いたします。

土俵下に落ちたのが同体ではないか。との物言いが付きましたが……

×××の体勢が既に死んでおりましたので、軍配通りといたします」

死に体か。

どよめく館内に座布団が舞っていた。









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posted by layback at 02:05
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「愛娘」


敦士は疲れきった足どりで、階段を昇っていた。

残業残業残業残業。

踏み出す足のリズムに合わせるように、何度も呟いてみる。

こんな生活が、いったい何日続いているのだろう。

もはや数えるのもやめてしまっていた。

しかし、この鉛のように体にのしかかる疲れも、

もうすぐ1歳になる藍子の表情を見ていると、

その間だけは忘れてしまうから不思議なものだ。

古い団地の階段を昇り、ドアの鍵を開ける。

「ただいま」

小さな声で言ってみるが、返事は帰ってこない。

靴紐も解かず、かかとを擦り合わせるようにして靴を脱ぐ。

薄暗いダイニングを抜け、明かりのついたリビングへと歩を進める。

茶色い皮製のソファには、生江が呆然とした表情で座っていた。

「ただいま」

「……」

返事はない。

「おい。洗濯物も畳まずになんだよ」

「……」

やはり無言である。

さすがに違和感を感じた敦士は、

黙り込んだままの生江の視線の先を追ってみた。

「あ、藍子……?」

ボロ布の様に変わり果てた藍子の姿が目に飛び込んできた。

「おい! 藍子っ! 藍子っ!?」

「もう、疲れちゃったの……」

ぼそっと敦士の背後で生江がこぼす。

「お前、なんて事をするんだよ!

大事に大事に育ててきたのに……、

何を考えて、こんなひどい……」

最後の方は声にならなかった。

敦士はデニムを胸に抱き、色落ちの具合を確かめる。

それは、もう昨日までの藍子では無かった。

嗚咽と共に涙がこぼれ、生地に小さな丸い染みがぽつりと残る。

「お前、オレのジーパンは洗うなって、あれほど言っただろうがっ!」

「あんた、お母さんに、お前ってなんやの!?」

「オレの藍子が……」

「あんた、そのジーパン、えらい匂いしてたわ!

洗ってあげたんやから少しは感謝しなさい!」












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