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「一粒の涙」


透き通るように月が冷たく輝く夜。

秋の虫の鳴き声が、わたしの耳に切なく響いていた。

この季節になると、暑い夏、共に戦った仲間達を思い出して、

少し、ほんの少しだけ、わたしは感傷的になるのだ。

自分だけこの世に取り残されて、どれほどつらい思いをしてきたことか。

先に旅立ってしまったあいつらに、はやく会いたいと思っていた。

だが、どうやらわたしのお迎えも、すぐそこまで来ているようだ。

肩を組み、皆で歌ったあの歌を、さわりだけ口ずさむ。

もう思い残す事は、何も無かった。

わたしは、最後に地表へ、一粒の涙をこぼした。



「冷たっ!」

「どないしたん?」

「雨か?」

二人は傍らにそびえる大きなクスノキを見上げる。

ジジッ

蝉は飛び立った。










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posted by layback at 01:37
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「カツ丼」


カチャ

取調べ室のドアを開ける。

「オイ、どうだ? ヤツの様子は」

「あ、チョーさん。ダメです、完黙ですね。

私の言葉は伝わってないようです」

(※完全黙秘の事)

「そうか、じゃ俺が代わろう。こういうのはよ、

言葉じゃねえんだ。お前はちょっと外に出てろ」

俺の取調べに、黙秘は通用しない。

俺は、部屋の奥を睨みつけると、

スチールデスクの前に置かれたパイプ椅子に、ゆったりと腰掛けた。

胸のポケットからタバコを取り出し、

一本、ヤツの顔の前に差し出す。

よく日に焼けた彫りの深い顔立ちの男は、

首を横に振り、要らないとの意思表示を見せた。

俺はそのタバコを咥え、

使い古したジッポーで火を点ける。

目を閉じ、深く煙を吸いこむと、

部屋の天井に向かって煙を吐き出した。

「オイ、いい加減楽になったらどうだ」

「……」

「ダンマリを続けても、何一ついい事なんてないぞ。

それに最初に言っておくが、俺の前で口を割らないヤツはいないんだ」

「……」

「なんだ。その生意気なツラは。

サツをナメんじゃねーぞ!」

俺は分厚い手で、思い切りスチールデスクを叩いた。

大きく音を出すコツがあるのだ。

ヤツは俺の思惑通り、肩をビクっとさせたものの、無言のままだった。

「……」

「故郷のおふくろさんも悲しんでるぞ」

「……」

「どうした、腹が減ったか?」

俺は席を立つと、ドアの外で待つ野村に耳打ちし、食い物を頼んだ。

こんな時はアレしかねぇんだよな。

しばらくの間。

俺の吐き出す煙とヤツの沈黙だけが、部屋の中を満たしていた。

ブゥーン、キキィー!

出前が届いたようだ。

ドアがノックされ、頼んだモノが盆に載って運ばれてきた。

鼻腔をくすぐるいい匂いが、部屋中に広がる。

ダンマリを続けるヤツの目も、机に置かれたソレに釘付けだ。

鼻も心なしかヒクヒクしている。

「さぁ、フタを開けて食え!」

(これで落ちなきゃ、通訳だな)


  ☆     ☆     ☆


カチャ

取調べ室のドアが開いた。

『お。なんだ? 取り調べ役が交替かよ。

出た! ゴマ塩頭の古株デカ!

俺の前で口を割らないヤツはいない。

とか言うんだよなぁ、絶対。

ほら!

やっぱり。 

ああ、もうウンザリだ。

絶対に黙秘を続ける自信はあった。

物証や目撃者は無い筈だから、俺の自白のみが頼りだろう。

このままダンマリを続けたら、間違いなく不起訴だ。

お。

ゴマ塩親父め、

何やら食い物を頼みやがったようだ。

出た!

ぜってぇカツ丼だろ?

オイオイオイオイ。

映画やテレビの見過ぎだっつーの……』

外に原付の停まる音が響き、

部屋にソレが運び込まれてきた。

鼻腔をくすぐるいい匂いが、部屋中に広がる。

思わず生唾を飲み込んだ。

「さぁ、フタを開けて食え!」

ゴマ塩オヤジのダミ声に、思わず手が動く、

俺が銀色のフタを取るとそこには……

インド風の黄色いカレーとナンが並んでいた。

「どうだ故郷が懐かしいだろう!

カトマンドゥだかデリーだか知らねぇが、

こいつを食って、インドに住むおふくろの顔を思い出せ!」

ゴマ塩オヤジのありえない言葉に、

俺の口がついに反応してしまった。

「バ、バカっ! 俺は日本人だ!

確かに色が黒くて顔は濃いが、れっきとした日本人なのっ!

出身は鹿児島! 今は東京だが、ついつい金に困って……

って、あ……」

俺は堰を切ったように溢れだした言葉を止める事が出来なかった。

このタヌキオヤジめ、とぼけたツラして全て計算ずくだったのか。

完敗だ……


  ☆     ☆     ☆


「さすがチョーさんですね!

私ならとてもじゃないけどムリでしたよ」

「お、おう! まぁ、こんなもん楽勝だ、ハハハ」

(ああ〜びっくりした。まさか日本人だったとは……)









    
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