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「オン・ザ・ロック」


わたしは、満天の星空の下、

テラスに置いたロッキングチェアの上で、揺られていた。

眼下には、漆黒の大海原が果てしなく広がり、

ざわめく波間をすり抜けてくる風は、

無言のまま、わたしの耳元を通り過ぎてゆく。

カラン。

乾いた音が鳴った。

左手に持つグラスの中身が溶けてゆく音だ。

ふわりと浮かぶ球に、人差し指でそっと触れてみる。

カラン。

再び空虚な音がテラスに響いた。

こんどは口笛を吹くように、

フッと息を吹きかけてみる。

わずかばかり形を残していた氷の欠片は消え去った。

わたしはグラスに浮かぶ地球を、静かに眺める。

これで北極は完全に消失したようだ。

海面は更に上昇し、

今宵、キリバス共和国はついに水没した。











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「KeyはB」


「ちょっと、そんなのダメ! もっと危ないでしょ! ちょっと! もしもし? もしもし? おじいちゃん?」

『プツン』

「あ。切れたわ」

「ちょっと、どうしたの?」

「うん、うちのおじいちゃんからの電話だったんだけどね。急に囲碁の会に出かける事になったから、家の鍵は玄関の植木鉢の下に置いておくぞ。なんて言うのよ、いくら田舎だと言っても、そんな、植木鉢の下なんて物騒でしょ?」

「あらあら、でも合鍵は?」

「ちょうど、このあいだ、わたし自分の鍵を失くしちゃって、まだ新しい鍵を作ってないのよ、いつもおじいちゃんが家に居てくれるから急いで作る必要もないかと思ってたんだけど……」

「あらあら困ったわねぇ、それで?」

「おじいちゃんったら、植木鉢がダメなら表に出してる金魚鉢の下ならいいかい? なんて言うの、透けて見えるじゃないの! って私が言っても聞かないのよ、うちのおじいちゃん最近少しボケてきちゃって、なんだか、ますます頑固になってきたみたい」

「あらあら大変ねぇ、それで?」

「最後には、もういいっ! って怒っちゃって、それじゃスズメバチの下なら安全じゃろ! なんて……」

「そ、そんな物が家にあるの!?」

「スズメバチの巣が、庭の栗の木に付いてたのよ、業者さんを呼んで駆除してもらわないと、って言ってたんだけど」

「は、早く帰らないと大変じゃない!」

「おじいちゃん、鍵の隠し場所を探しながら家の周りを歩いてたみたいだから、まさか、ほんとにスズメバチの巣に近付いてたりして……」

「ちょっと、お年寄りが刺されたら大変なのよ?」

そう言えば。

さっき、電話が切れた時の音って……











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