あれは、大学卒業前に6人で、ボーリングに行った時の話だ。3人ずつ2チームに分かれて、負けたチームが、勝ったチームに、晩御飯を奢るという約束だった。
我がチームは、予知や念力など、不思議な能力を持つ南と、自主トレ以来、めっきり腕を上げた西嶋、そして僕。ちなみに相手チームは、鳥井と東堂、そして鳩麦さんだ。
勝負は10フレームまでもつれ、西嶋がストライクかスペアを取れば、僕達の勝利という場面だった。
「なぁ、南。西嶋、ストライク取っちゃうんじゃないか?」
「うーん、どうだろう?」
僕の問いかけに南が首をかしげるとほぼ同時に、西嶋が大きくテイクバックし、ボールを放った。今まで通り、豪快でスムースなフォームだ。
「なんだか割れそうな気がするな……」
南が僕の隣で、ぼそっと呟いた。
黒光りする球が、水すましのようにレーンの上を滑ってゆく。
「やばいな、あれド真ん中に入りそうだぞ」
あまり1ピンに真正面から入りすぎると、割れてスプリットになりやすいのだが、西嶋本人の性格通り、そのまっすぐな球筋は、まさに、三角形の頂点に向けて、軌道を描いてゆく。
僕達の思いをよそに、西嶋は自分の投てきに酔っているのか、フォロースルーの体勢で固まっていた。
ガシャーン。
ボールが1ピンに当たり、ブレイク。
派手にピンが弾け飛ぶ。
「やっぱり……」
嫌な予感は的中、スネークアイだ。これは1ピンを頂点とする三角形の底辺の両端、7-10ピンが残っている状態を言う。スペアを取る事が最も難しい形だった。
いや。違う。まだだ。
残った二つのピンが、ゆらゆらと揺れている。
その時、固まっていた西嶋が、腰の脇で両拳を握り、必死に倒れる事を拒もうとするピンに喝を入れるかのごとく、右足をどすんと踏みおろした。
「おいおい」
「あ、でも、倒れそうよ」
南の声にも促されるように、7ピンと10ピンがゆっくりと内側に倒れてゆく。
「よっしゃあ!」
大きな声で叫ぶと、西嶋は満面の笑みを浮かべて、こちらを振り返った。
「南の予知も外れる時があるんだな」
「うん、割れそうな気がしたんだけど、でも、勝てたんだから良かったよね」
嬉しくてしょうがない西嶋が、両手を挙げて祝福を受けようと、こちらに足を踏み出したその時、隣のレーンから悲鳴の様な声が上がった。
ふざけて、ハンマー投げのように、回転して投げようとしたホスト風の男が、バランスを崩し転倒。室伏よろしく空中に放たれた球は、事態にまったく気付いていない西嶋の後頭部に一直線。
そう。見事に西嶋の頭は割れた。
僕達は、のびた西嶋をすぐ病院に連れていって、結局、傷口は2針縫う程度で済んだのだけれど。
「分かってたらなんで、危ない! って先に教えないんですか!」
と怒りまくる西嶋を静めるほうが、むしろ大変だった。
ま、とにもかくにも、この日の強烈なエピソードは、彼の頭に小さなハゲを残しただけでなく、西嶋伝説の新たな1ページとして、僕達の脳裏にも、しっかりと刻み込まれた訳だ。
※これは伊坂幸太郎さんの小説「砂漠」
のキャラクターをお借りして書いてみました。
原作はとても面白い青春小説なので、
未読の方はぜひ読んでみてくださいね。
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