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「何? What?」(兄貴4)


クソッ、歯が痛ぇ。 

ただそれだけでイライラしていた。

そんな俺の気も知らずに、アイツらときたら

神聖な事務所でガキみてぇに騒ぎやがって。

特にテツの野郎、アイツは耳が少し弱いからか、

とにかく声がでけぇ。しかも性格もバカに陽気で、

ウチのムードメイカーではあるのだが、

今日に限っては我慢がならなかった。

「コラァァッ!!! お前ら事務所を何だと思ってんだ!!」

三人が突然の俺の声に肩をすくめ、その場で直立不動になった。

「特にテツッ! 何だお前のそのバカデカイ声はっ!」

「は、はいっ! スミマセンっ!」

「お前みたいなのをなぁ! 便所の100ワットって言うんだっ!! この大バカ野郎!!」

「は、はい、アニキっ!」

テツは一瞬、呆然と俺の顔を見つめると、

落ち込んだ様子で背を向けた。

おっと、ちょっと言い過ぎちまったか??

などと頭によぎるが、毅然とした態度を崩すわけにはいかねぇ。

そのままテツの背中を見守ると、

ヤツは肩を落としたまま部屋を出て行った。

ほどなくして、トイレのドアの閉まる音がする。

事務所の中には気まずい空気が流れていた。

ヤスもマサも視線を落として、口を開こうとしない。

5分。

10分。

15分。

もう、沈黙も限界だった。

「おいヤス! ちょっとお前トイレ見てこい!」

「は、はい、アニキ」

ヤスは立ち上がって部屋の入り口に向かうと、

ドアを開き、廊下に半身を乗り出した。

「アニキぃ〜」

部屋の中を振り返りながらヤスが情けない声を出す。

「なんだかテツの野郎、呻き声を上げてますぜ〜」

やっぱ泣いてんのかよ。

「分かった分かった、ちょっと中を覗いてきてやれ! もういいからって!」

やはり言い過ぎたか……。

アイツはバカだが繊細なトコロがあるんだよなぁ。

俺は兄貴失格だ。

「アニキっ!」

「どうしたヤス!?」

「テツの野郎……

便所でスクワットしてますっ!!」

……。

力が抜けた。

「もうちょっとやらしとけ!!」











アニキ@ABC D



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posted by layback at 02:02
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「タレント作家」


今日は夜の報道番組に出演する日だ。

役割はコメンテイター。

作家でありながら、フレンドリーでソフトな雰囲気。

幅広い年代の女性の心を掴む、爽やかな笑顔と、カジュアルで上品なファッション。

バカな若者たちにも共感させる分かりやすいコメント。

そして、時には軽くボケを挟み、場を和ませる事も肝要だ。

白髪混じりのキャスターの残尿感溢れるツッコミや、足が綺麗な以外、何のとりえもない女性アシスタントの的外れな相槌には、まったく辟易するが、この手のテレビ出演のおかげでお茶の間に浸透する優しくて、頭のいいお兄さん的なイメージはなんとも捨てがたかった。

その虚像ともいえるイメージで、(実際はかなり辛口で腹黒い)

作品の売り上げが伸びているのも事実なのだ。

これで今回候補となっている直木賞を受賞すれば……。

タクシーの後部座席で、窓の外へ向けた目線が思わず遠くなる。

おっと。いかん。

テレビ局へ着いたようだ。

私は口元に伝いそうになった涎を袖でぬぐうと、

そびえ立つビルの前に、颯爽と降り立った。

出演者控え室に至るまでの通路で、数人の関係者に話しかけられる。

「○○さんおはようございます」(朝でもないのに)

「今日もお洒落ですねぇ」(聞き飽きたよ)

「僕にもファッション指南してくださいよぉ」(まず整形しろ)

かけられる言葉は、いつもそんな調子だった。

私が心の中で突く悪態もワンパターンなのだが。

(もちろん表面上は優しげなスマイルだ)

自分の名前の書かれた控え室に辿り着き、

鏡の前のイスに静かに腰を下ろした。

メイクの人間が来るまで、まだしばらく時間がありそうだ。

私はロビーで買った新しいタバコのパックの封を切り、抜き出した一本を口の端に咥えると、色あせたジーンズのポケットをまさぐり、見つけ出したオイルライターで火を点けた。

鏡に映る自分の顔に向かって、ゆっくりと煙を吐き出す。

今日はどうも番組に集中できそうにないな。

明日の直木賞の選考会が気になってしょうがないのだ。

明晩はスケジュールを空にし、自宅で編集者達と電話待ちの予定だった。

今回で三度目のノミネートだ。

今年こそは……。

賞の事を考えると、心なしか、胃がキリキリと痛むような気がした。

そして、明くる日の夜 ――

トゥルルルルルルル、トゥルルルルルルル

私とマネージャー、そして編集者が二人。

男四人で待つ、自宅のリビングで、

ピリリと張り詰めた空気を切り裂くように、電話のベルが鳴った。

私たちはそれぞれに目を合わせ、誰が出る? と視線を交錯させ互いを牽制したが、結局、鳴り続けるコール音にしびれを切らせたマネージャーが、渋々と立ち上がり、受話器を取った。

メモを取りながら相槌を打つ彼の横顔からは、何も読み取れない。

やはり、今年もダメだったのか……。

気付かぬ内に止めていた息をホォっと吐き出す。

両膝に手をやり、立ち上がろうとしたその時。

マネージャーが受話器を下ろし、こちらを振り返った。

「先生! 獲りました!」

その場にいた全員の動きが止まり、18畳のリビングに息を呑む音が響いた。

彼の口からこぼれ落ちそうになっている続きの言葉を、一同前のめりになって待つ。


「ベストジーニスト、受賞です!」












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