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「レッドカーペット」


カンヌ映画祭。開幕式当日。

色鮮やかなブルーのドレスに身を包んだ彼女は、

ホテルに横付けされたリムジンに乗り込み、

監督、共演者らと共に会場へと向かった。

膨大な数の報道陣と見物客が視界に入ってくる。

リムジンを降りた主演俳優と監督は、さすがに場慣れしていた。

取り巻く群集の歓声にも、手を挙げて応えている。

続いて彼女がドレスの裾をたくし上げながら通路へ降り立った。

その時。

群集を割って一人の男が飛び出してきた。

セキュリティスタッフが制止する間もなく、男は彼女の懐に飛び込んでゆく。

その一連の動きはまるでスローモーションのようだった。

一瞬の静寂の後、どよめきと悲鳴が沸き起こる。

人々が慌てて動きを取り戻し、彼女に駆け寄り、男を引き剥がした。

が、既に彼女の顔に生気は無い。

ナイフが突き刺さり、抉られたその胸からは、鮮血が溢れ出していた。

彼女の頭はうなだれ、アスファルトは真紅の絨毯のように染まってゆく――

  
    ☆    ☆    ☆


『いいシーンだよネ。スローな映像がスタイリッシュで、エミの魅力もよく出てる』

『 一番大事なシーンだったから緊張したけど、上手く演れたと思うわ』

『いや、本当にエミはよくやってくれたよ』

会場へ向かう車内で彼女は、監督らとクライマックスのシーンを振り返って談笑していた。

数分後。

リムジンはレッドカーペットの敷き詰められた通路の前で静かに停車した。

今日の主役は彼女だとばかりに、監督にエスコートされたエミが通路に降り立った。

その時。

群集を割って一人の男が飛び出してきた。

唖然とする人々が止める間もなく、男はエミに向かって突進してゆく。

だが、彼女の懐に飛び込もうとする寸前。

男はセキュリティの大男達に取り押さえられた。

エミは目を見開き、男の手元に目をやった。

男の手に握られていたのは――

花束だった。











    
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posted by layback at 01:32
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「BARK AT THE MOON」


「お前早く行ってこいよ!」

「分かった、分かったよ!」

俺は仲間たちとスキー場に来ていた。

昼間はそこそこに滑り、夜は当然のように部屋での飲み会。

まったくコイツらときたら、滑りに来てるのか、騒ぎに来てるのか分かりゃしない。

酒席のゲームで負けた俺は罰として、

近くのコンビニ風の土産物店にアイスを買いにいくハメになったという訳だ。

まぁ、酔い覚ましには丁度いいか。

今はお月さんも隠れてるようだし。

俺には誰にも知られてはならない秘密があった。

実は。月を見ると……なんだ。

そう。有名なアレだ。

更にタチの悪いことに、満月のみならず全ての月に反応してしまう。

これは一族の中でも変わった例らしい。

さっき窓からチェックしたが今晩は大丈夫だ。

夜空には分厚い雲がかかり、月のかけらさえ見えない。

宿を出る時、オヤジさんに注意された。

「近頃はこの辺りにもクマが出るから気を付けるんだよ」

だって。

冗談まじりの口調だったが、あまり気分のいいモノでは無かった。

「なんの。返り討ちにしてやりますよ」

俺は軽口を叩くと、後ろ手に引き戸を閉め、闇の中へ足を踏みだした。

目が慣れると雪道は意外に明るい。

雪が光を反射するからだろう。

自分が雪を踏みしめる音だけが静かに響く。

目指す店の看板がもう見えようかというその時。

突然、脇の土手から黒い影が飛び出してきた。

「うわっ!」

黒く丸い塊は四足で踏ん張り、低く唸り声を上げながら俺の事を睨みつけている。

……どうする?

死んだふりはダメらしい。

登る木も無い。というか木登りが出来ない。

助けを呼ぶにしても、声を上げた途端に飛びかかってきそうな勢いだ。

こんな時に月さえ出ていれば、こんなクマ一匹、何とでも料理できるのに。

だが、分厚い雲からお月さんが顔を出す気配は無い。

長く感じられたが、実際には数秒後だろうか。

膠着状態に痺れを切らせたヤツは一唸りし、後ろ足で立ち上がった。

デ、デカい……。

両手を挙げ威嚇するその姿は想像以上にデカかった。

尖った爪。

するどい牙。

どんよりと光る眼。

俺はあとずさりしながら、ヤツの胸に目をやった。

 
  ☆    ☆    ☆


覚えているのはそこまでだ。

明くる朝。友人が言うには、

宿のオヤジさんと仲間たちとで、俺の帰りが遅いのを心配して、

探しに出るかと、ちょうど相談していた所に、

俺がフラフラと抜け殻のような状態で、帰ってきたのだそうだ。

しかし……

何で変身したんだ? 俺。

まったく思い出せなかった。

その日、滑り終えた俺たちが宿へ戻ると、

オヤジさんが話しかけてきた。

なんと。

フレッシュなツキノワグマの死骸が近くの道路脇で見つかったのだという。

無残にもバラバラの状態で。

ツキノワグマ……

そう言えば、あの胸のマーク……

ま。いっか。










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posted by layback at 01:26
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